秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
 なにが起こったのか瞬時に理解できていない私を置いて、相良さんが立ち上がる。彼は「君も早く寝るんだよ」と告げて寝室へと消えていった。

 そのドアが閉まる音を聞いて、ようやく私の頭の中に思考が戻ってくる。

 ……今の、なに? 頬っぺたに……キスされた?

 反芻(はんすう)すると急激に羞恥心が全身を駆け巡る。私はいたたまれなくなり、唇を強く噛みしめた。激しく鳴る鼓動を必死に落ち着かせようと努めるけれど、できそうにない。

 こんなふうにされると、ふいに相良さんに大切に想われているのではないかと錯覚してしまいそうになる。相良さんには忘れられない人がいるのだから、そんなはずないのに。

 どうしたらこれ以上相良さんを好きにならないでいられるんだろう。

 頬に触れた温かな感触が消えなかった。

 気持ちを抑え込もうとするほど胸が焦がれる。

 ……やっぱり相良さんが好きだ。

 かつて聞いた、顔も知らない相良さんの想い人がどうしようもなく羨ましかった。
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