偏にきみと白い春
こんなことになるなんて思いもしなかった。
歌を、音楽をこんなに好きになれるなんて思わなかった。
こんなに信じ合える人たちと出会えるなんて想像も出来なかった。
それを変えてくれた。
きみが、きみたちが私を変えてくれた。
───例えば、世界がもっと綺麗だったなら。
もっと、息を吐くことは楽だったと思う。笑うことは楽しい事だったと思う。ひとの優しさがきちんと感じれたと思う。
朝起きたとき窓から差し込む光が眩しく思えたかもしれないし、通学路で見るパンジーがかわいく見えたかもしれない。落ちていく夕日を綺麗だと感じて、光る星に微笑んで、今日もいい日だったと幸せな気持ちで眠りにつく夜が増えたかもしれない。
そんな風に捻くれた考えをして、毎日自分のことを恨んで、この世界のこと、ずっと嫌いだった。
───でも、あまりにも、このステージから見える景色は綺麗だ。
「───ありがとー!!」
領の声にワッと歓声があがった。その音で我に返る。これも学生時代からずっとかわらない。歌っているとき、いつも夢を見ているような気分で、ほとんど無意識の領域にいる。
見上げれば、泣きたくなるくらい綺麗な光景が広がっている。私たちの曲を聴いて、歓声をあげてくれるひとたち。
こんな景色を教えてくれた。こんな世界を教えてくれた。
「領、私も、あの頃からずっと、はるとうたたねと領のことが大好きだよ」
領はいつもの笑顔で笑った。汗だくで、熱くて、胸が苦しい。だけどこの達成感があるからこそ、歌うことをやめられない。やめたくない。
きっと、ずっと続いていく。
領、浩平、怜、の顔を順番に見て。アンコールの声が鳴り止まない会場をもう一度しっかりと隅まで見渡す。
ああ、綺麗だ。
───この景色が、世界でいちばん、きれいだ。
この景色を教えてくれたきみたちがいるこの世界は、きっとルイアームストロングが歌ったあの曲通りなんだろう。
『What a wonderful world』───この世界は素晴らしい!
【偏にきみと白い春 完】