偏にきみと白い春




「ハイ、じゃあ日直号令かけてー」


 チャイムが鳴った瞬間、騒がしい生徒たちの声を遮って音楽担当の野村先生が手をパンパンと二回叩いた。若くて端正な顔立ちの野村先生は女子からも男子からも人気がある。手をたたくのは野村先生お馴染みの授業が始まる合図だ。


「ハイハイー! きりーつ! ……ってオイ! おまえら立てよー!」


 ハハハッて、一旦時間を置いてから立ち上がったクラスメイト達に一瞬にして笑いが生まれた。

 号令をかけたのは、今日日直の高城(たかしろ)くん。彼が号令をかけるとき、大抵このやりとりが毎回行われる。何が面白いのか私には理解し難いけれど、人気者の彼だからこそ生まれる笑いだってことは容易にわかる。

……まあ、私は興味ないけれど。

たまに目に入る茶髪な毛が、どうしようもなく鬱陶しいと思うことだけは確かだ。


「さ、みんなテスト返ってきたな? 出来はどうだった?」


野村先生が成績表らしきものを見ながら話し出す。さっき見た『2』という数字が頭の中にチラついて胸の奥がモヤっと曇る。思い出したくないけれど、その数字をとってしまったのは自分の努力不足だってこと、ちゃんとわかっているからこそ余計に苦しくなる。


「おれ、音楽はできたー!」


 勢いよく手を上げてそう叫んだのは、またもや高城くんだった。これまたみんな高城くんの方を向いて笑顔になる。彼の声はどこにいてもよく通る。


「オマエは音楽だけだろ!」

「ウルサイ、体育も出来るし!」


 高城くんのトナリの男子が「勉強できねーくせになー」なんてツッコミをいれると、クラス中にまたどっと笑いがおきる。こういうやり取りは音楽の授業中だけじゃない。先生達も彼らみたいな人種が好きなのはもうわかってる。

 彼らみたいな能天気で何も考えてない人種が、私は心底キライだ。努力も何もしないくせに、楽しそうに笑うことが出来ることがどれだけ恵まれたことなのか、きっと一生かかってもわからないであろう人たち。


「はいはい、いつも元気だなーおまえらは。俺、今回のテスト難しく作ったつもりなんだけどねー」


 野村先生が笑って、冗談交じりで話す。『つもり』ってどういうことだろう。『音楽はできた』という高城くんに対しての言葉だろうか。

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