きみは幽し【完】

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海辺を歩いている。
ああ、これはいつの日かの白昼夢か。

砂のこすれる音。波打ち際。
渚とは、波打ち際のことらしい。


渚のアデリーヌ。もう、すべて知っている。

ポール・ドゥ・センヌヴィルが作曲をして、リチャード・クレイダーマンがピアノで奏でた曲。センヌヴィルは、娘を思ってこの曲を書いた。

じゃあ、瀬戸周はどういう思いから
私にこの曲が住む懐中時計をくれたのだろう。



制服を着た私と周が、
裸足で波と浜の間を縫うように歩いて、灯台を目指している。



『花ちゃん、“恋ってのは、それはもう、ため息と涙でできたものですよ”』
『なにそれ』
『シェイクスピアが言ってたし、俺もそう思う』


ざざざ、と白波がつま先に触れている。
周は首をすくめて、柔らかく口角をあげている。



『つまらん』
『でも、つまらない感じで、俺は、花ちゃんが好きだよ』
『大切とは違う?』
『うん、違う』
『私は、一番、周が大切だよ』


だから、ずっと、私を好きでいて。





波に溶けていく。
周が頷く前に、白い光に包まれた海もふたりも跡形もなく消えていく。



懐かしい、という箱にも入ることができなかった、私の夢のこと。





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