ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
どうして私はこんなにもやもやしているのだろう。
私はハルさんの婚約者役だ。婚約者役として本当に役に立っているのかは知らないが、特に何も言われないから役目は果たせているのだろう。そして報酬としてこの住み心地の良い高級マンションに住ませてもらっている。
本当の婚約者だったり恋人だったりしたら、前の婚約者と会っているかもしれないと考えたら嫌な気分になるものだろう。だけど私は違う。
婚約者役をしているうちに、まるで自分が本当にハルさんの婚約者になったかのような錯覚に陥っていたのかもしれない。
しっかりしなくては。澪さんと橋岡さんのことは一度忘れよう。
そう強く意志を持って雑念を払えたからか、大学での講義に昨日よりは集中できた。講義を終えて昼休みに外で菓子パンを食べていると、長谷がやってきた。
「夏怜、今一人か?」
「今どころか基本一人だけど」
「ちょっと話したいんだけどいいか?」
フォローもツッコミも入れないんかい。
だが長谷の表情はいやに真剣だったので言葉を飲み込んだ。
「何?」
「昨日の話なんだが……」
「ああ、そういえば昨日勝手に帰ってごめん」
長谷は別に気にしていないなどと言いつつ、そわそわした様子で意味もなく視線をさまよわせたり、手を握ったり開いたりしている。
「長谷?」
「ああ、わりぃ……えっと……。そう、昨日の話だったな」
何かを決意したようにこちらを見て、私の手を取った。
「夏怜、やっぱり俺も市ヶ谷晴仁と別れるべきだと思う」
「え?」
「お前はバイト感覚であいつの婚約者役をやってるのかもしれない。だけどやっぱおかしいだろそれは」