ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
歯切れの悪い声で尋ねられ、私は軽くかぶりを振った。
「断りました。これからも友達です」
「そっか……。良かった」
「はい。なのでハルさんの婚約者役も問題なく続けられます。澪さんとよりを戻すわけじゃないってことは、まだ必要ですよね」
「そう……だね……。あ、そうだ」
ハルさんは何故か一瞬寂しそうな表情を見せた後、何かを思い出したようにおもむろにケータイを取り出す。そしてその画面を私に見せた。
「夏怜ちゃん、この男のこと知ってる?」
見せられた画面をのぞきこむと、男の人の写真が映っていた。見覚えのある顔だ。
「橋岡さん」
「会ったことある?」
「はい。いきなりバイト中に話しかけられて。何か私の名前を知ってたので最初はストーカーじゃいかって結構怖かったんです」
私が言った瞬間、ハルさんが冷え冷えとした低い声で「え?」と言って私を見た。
「待って。怖い思いしてたのに何で僕に言わなかったの?」
「ああ……心配するかなって思ったので」
「当たり前でしょ。本当に不審者だったらどうするの」
「……でも、その人木坂家の使用人の人なんですよね?」
ハルさんは深く息をついてからうなずく。
「まあ今はいいや。後で怒るけど。えっと何の話だっけ……ああそうだ、僕が澪と会っているっていう話は、もしかしてこの男から聞いた?」
「はい」
「橋岡は、自分は木坂家の使用人だって名乗ってたの?」
「はい。澪さんと駆け落ちした人のことをずいぶん恨んでる様子でしたね」
「はあ、なるほど」
ハルさんはケータイを切ってポケットにしまいながら言った。