ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
冗談めかして肩をすくめた後、ハルさんは真剣な表情に戻る。
「あの日はね、夏怜ちゃんが澪から渡されたハンカチを返しに行ったんだ」
「ハンカチ……そういえばいつの間にか見当たらなくなっていたような」
「あのハンカチは、澪が亡くなったおばあさんからもらった物だって聞いてた。まったく、何でそんな大事な物を簡単に他人に差し上げるなんて言うのかね」
「嘘……」
しっかり洗ったつもりだったが、ちゃんと血は取れていただろうか。少し不安になってきた。
「一回会おうとは思ってたんだ。ハンカチのことは良い口実になったよ」
「でも、ずっと会ってなかったんですよね?」
「うん。だけど、澪がずっと僕のことを心配してくれているだろうとは察してたんだ。だから夏怜ちゃんのことを話に行った。新しく婚約者ができたんだって」
自分の都合で離れていってしまった元婚約者に新しい婚約者がいれば、確かに安心するのだろう。
そうか、澪さんとよりを戻そうとしているわけではなかったんだ。勘違いして感情的になってしまっていたのが恥ずかしい。でも、同時に少し腹立たしい。
「それなら先に言っておいてくれたらよかったのに」
「ごめん」
「でも、良かったです。知らないうちに婚約者役としてちゃんと役に立てていたんですね」
「うん……婚約者“役”、ねえ」
ハルさんは何か言いたげに唇を噛んだが、「いや、これを言うのはちゃんと解決してから」とよくわからないことを小さく呟いた。
それからハッとしたように顔を上げる。
「ねえ、そういえば長谷くんとは、その……」