ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
気品と可愛らしさを兼ねそろえた女性の声がして、橋岡さんは驚いた声を出す。そしてその驚いた勢いで椅子から立ち上がっていた。
私も一度だけ会った人。ゆるく巻いた茶髪の似合う、儚げな美女。
「やあ澪。思ったより早かったね」
ハルさんはにこりと微笑んで澪さんに言った。
「ふふ、聞いてください晴仁くん。私、ちゃんと電車とバスで時間通りに来られたんです!乗り継ぎを間違えなかったのって初めてかも」
「おめでとう。澪も立派に庶民デビューだね」
「はい!何だか一気に自信つきました!」
そう言って無邪気に笑っている澪さんが私の方を見た。ドキリとして姿勢を正す。
緊張を覚える私と対照的に、澪さんはパアっと表情を明るくした。
「わあ!本当にハンカチを渡した子だわ。夏怜さん、といったわね。私のこと覚えているかしら?」
「あ、はい。もちろん」
「あの晴仁くんが口説いた子がいるって聞いたときは半信半疑だったのだけど、なるほど……。歴代彼女さんたちとは全く違う雰囲気ですけど、晴仁くんがあれだけメロメロになってしまうのもうなずけ……」
「澪!ちょっ、ストップ!」
何故か突然、ハルさんが焦ったように澪さんを止めた。澪さんは首をかしげて言う。
「ええと、『歴代彼女さん』がまずかったですか?」
「そこじゃ……いや、まあそれもなんだけど」
「というか晴仁くん。まるで私が一方的に恋愛相談をしていたかのような言いぐさでしたけど、私もたくさん聞いてあげましたよね?」
「澪待って、ほんとこっちにも色々あるんだ」
……仲良いなこの二人。一度婚約してそれを解消した間柄には見えない。
思わず呆然としたが、それは私だけじゃなかった。