わたしたちの好きなひと
「座らねぇなら、またつかむぞ、腕」
「…………」
「公衆の面前で、連行される犯人みたいになるぞ」
「……誘拐犯でしょ」
 つぶやいたら会話が成立。
「はいはい。悪いのは、いっつもおれだ」
 ぎくっとしたわたしに気づいたのか、恭太は黙ってぽんぽんと座席を叩いた。
「山田みたい」
「いっしょにすんな」
「…………」
 ごめんね。
 いつもいつも怒らせることしか言えなくて。


 少し離れて座席に腰をおろすと、恭太がため息をついた。
 (ごめん……)
拓弥(たくみ)のやつ……、山田と岡本が振りきれないもんで、ばかなことしやがって」
 そうだ!
 掛居。
「ど…ういう、こと?」
「…………」
 恭太は答えてくれない。
 ただ車窓をながめている。
「わたし…次で、降りる」
 返事はなくて。
 思いのほか早く着いた次の駅で、立ちあがったわたしに恭太が言った。
「切符どうすんだ」
「あっ!」
 ドアは閉まるけど。
 もう一度、恭太の横にも、もどれない。
 困って、困って。
 結局、ドアの前で立ちすくんだわたしに、またため息。
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