わたしたちの好きなひと
「1時間そうやってるつもりかよ。こっちこい、ばか」
 1時間!?
 なにそれ。なにそれ!
「それ以上ふってぇ足になったら、ズボンはけよ。みっともねぇから」
 ひどい。
「あと、泣いたら殴るぞ。おれが泣かしてるみたいじゃねぇか、泣き虫」
「…………」
 恭太が泣かしてるんじゃないか。
 ずっと。
 ずっと恭太のせいで泣き虫になったんじゃないか。


「きっと山田、大騒ぎだよ……」
 電車が揺れると、わたしも恭太も揺れる。
 恭太のとなりに座れる日がくるなんて……。
 恥ずかしいからわたしの場所は、いつも掛居のとなり。
 わたしたちはいつも3人だったけど、いつもどちらかふたりと、ひとり。
 恭太と掛居。掛居とわたし。
 恭太とわたしなんて……。
 初めてだ。
拓弥(たくみ)がその気になったんだ。20人くらいごまかすの、なんでもないだろ」
「岡本は――?」
 岡本は、絶対にすぐ気がついたはず。
「どうし…」「いいじゃないか!」
「いいじゃないか。もう来ちゃったんだから。…それよりどうしたんだよ。どこ行くの? とか、ここどこ? とか、もう問いつめないのかよ。おまえらしくねえぞ」
「…………」
 わたしらしい…って?
 わかんないよ、そんなの。
「…じゃ、どこに行くの?」
「教えない」
「恭太!」
 (あ!)
 どうしよう。
 恭太がいじわるするから。
 わたし怒鳴っていい立場じゃないのに。
「…………」
「…………」
 しばらく、わたしたちは黙って、それぞれに窓の外を見ていた。
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