わたしたちの好きなひと
 びしょ濡れのハンカチを、わたしが握ったのに気づいて。
「…いつだったかなぁ、おまえが屋上にいるって気づいたの」
 腕を解いた恭太が言った。
 そんな素振り、少しも見せなかったじゃん。
 ちょっぴり悔しくて、見えないボールを蹴ってみる。
「本当は……その前からずっと、やりなおしたいと思ってた」
 (あぁ…)
 恭太ってば。
 わたしの見上げる目、恭太の見下ろす目と出会って息が止まる。
 なかったことにしてうつむいたわたしのスニーカーを恭太が蹴った。
「だから、いまからみっつ数えたら、みんな忘れてこっち向け。ひと一つ……」
 そ…んな、こと。
「ふた一つ……」
 そんなこと勝手に決めて。
「み一っつ」
 知らないよ。
「み一っつ!」
 なによ。
 さっきみっつは、終わったもん。
 恭太のスニーカーが、またわたしのスニーカーを蹴る。
 (痛いよ)
「み一ぃぃっつ」
 また蹴る。
 痛いってば。
「みいいいっつ」
「…っもう。いいかげんにして」
 頭をあげて。
 恭太のほうを向いたとたん。
「…………っ!」
 信じられない。
 電車の中で。
 恭太が。
 キス…したの。

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