わたしたちの好きなひと
「お母さん、もういらしてるんじゃないの?」
「職員室の前に置いてきた」
「ひっど。ニコニコの掛居のお母さんの顔、見せるの?」
「すでにひきつってるから、なんも見えないだろ」
「…………」
 それもどうなの?
 親の心情を理解してるなら、もう少し殊勝な態度がとれるでしょうに。
 大股開きで椅子に座っちゃって。
 逆向きに座って、わたしと向き合っているのはともかく、ときどき足がぶらぶら動くのは、ありもしないボールを蹴っている証拠。
「だいたい、恭太にはそんなもの関係ないでしょうが。森ちゃんに自分のをもらってから検討しなさい」
「関係あるもん」
「なにが、どう?」
「…どうって――ほら」
「なによ」
「おれ、自分の程度とかわかんねえし。めんどくせえから、私立はおまえの選ぶとこにしようかと思って」
「はぁぁああ?」
 それ、まじで言ってるの?
「受験をなんだと思ってるのよ、あんたは」
 だいたい、言いたくないけど……。
 夏に掛居に発破かけられたでしょ?
 推薦を蹴って一般受験を選ぶなら、とことんやれ、追いついてこいって。
 わたしはあれで奮起した。
 一所懸命やってるの。
 いつまでも架空のボールと(たわむ)れてる子と、いっしょにしないで。
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