御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「会社でいたときとはまるで違うな。無防備な姿がこんなにも可愛いとは思わなかった」

 一瞬、誰の話をしているのだろうと本気で思った。瞬きもせず彼を見つめていると額に唇を寄せられ、その段になって顔が一気に熱くなる。

「あ、あの」

 抗議しようとする私に対し、社長は目尻、頬と口づけていく。軽く触れるだけなのに心臓が破裂しそうだ。

 ミニブーケを持っている手に力を入れると再び彼と至近距離で目が合った。つい伏し目がちになって視線をはずしたが、唇が重ねられるのをぎこちなく受け入れる。

 あっさりと終わると思ったのに、予想に反し頬に添えられた手は離れることなくキスは続けられた。

 角度を変えて触れるだけの口づけが繰り返され、優しくて甘いのに胸が詰まる。これ以上続けられるのが怖くなって、顎を引いて私から強引に終わらせる。

「あのときは素直に甘えてくれたのにな」

「あ、あのときはですねっ」

 反射的に弁明しようとする。正直、お酒も入っていたしあまり記憶がはっきりしない。

 けれど目覚めたときの罪悪感は、今でも鮮明に覚えていて隣で眠っている社長を起こさないように素早く身支度を整え部屋を飛び出した。

 フロントにモーニングコールを律儀に頼んだのは秘書としてせめてもの務めだった。そして彼は無事に出張に旅立ち、私はその最中に職場を退職した。

 だから、あの夜についてお互い口にするのは初めてだった。この機会だ。私はずっと抱えていたわだかまりを吐き出す。
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