御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 お風呂から出た後、ここで明臣さんに尋ねたときのやりとりをぼんやりと思い出す。

『あの、明臣さん、お父様の具合はいかがですか?』

 日比野さんたちとの会話で話題になっていた件を切り出した。私が彼に付き添って病院に行ったときの話では命にかかわるほどではなかったと記憶はしている。

『ああ、無事に退院して元気にしているが、あれからかずいぶん丸くなったというか、気弱になったというか……母親も驚いている』

『そう、なんですか』

 人間、病気をするとそれまでの価値観が変わったりすると聞く。厳格な経営者だと聞いていたけれど、彼の父も例外ではないのかもしれない。

『早希のおかげで父とも色々話せた』

『私はなにもしていませんよ。お父様と話せてよかったですね』

 私が勤めていた頃は、明臣さんは父親との間にどこかわだかまりがあったみたいだから、それが解消されたのならよかった。

 そこで沈黙が訪れる。明臣さんを見るとなにか言葉を迷っていた。ややあって形のいい唇が動く。

『……今すぐじゃなくてもかまわないから、芽衣と一緒に両親に会ってくれないか?』

 私は目を意張った。そうか。明臣さんのご両親にとって芽衣は孫になる。私の父は亡くなっているから、芽衣にとって祖父という存在は彼のお父さましかいない。

 私の母も、芽衣を可愛がってくれないわけではないが、自分の子育ての方に忙しそうだし。
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