もしも世界が終わるなら
「隆成の奥さんが旅館に勤めているから、名簿を毎日見ていてね。年齢が同じくらいの、それらしい名前の人が泊まる度に、話されて」
偽名で泊まるのを、見透かされていたのだろう。
「何度も期待を持たされて、何度も裏切られて」とぼやく彼の話が耳を滑って行く。
私も最後の最後まで迷っていた。白崎旅館は便宜上、父と表現している人の営む旅館だからだ。あの日まで、父と疑いもせず……。
「ちいちゃん?」
ハッと我に返ると、のぞきこんでいる瞳と目が合う。彼は先に目を逸らし、口籠って言う。
「あ、いや。この年にもなって、ちいちゃんはないかな」
「ううん。懐かしくて嬉しい。私も、しいちゃんって呼んでいいかな」
「もちろん」
ふたりで照れ臭くて、笑い合う。わずかにあの頃が戻ってきたような気がした。
もしも会えたなら、今まで会っていなかった間の出来事を話すつもりだった。
急に中学が変わり、高校受験は苦労しただとか、だからがむしゃらに勉強しただとか、引っ越してからは女の子の格好ばかりするようになったんだよ、とか。
そして、しいちゃんと離れ寂しかったけれど、今日のこの日を支えに頑張ってきたのだと。
けれど、そのどれもが陳腐に感じて口を開けない。