ハージェント家の天使
「地方の屋敷というのは、マキウス様のお母様の?」
 マキウスは頷いたのだった。
「活気もですが、生活様式もでしょうか。自分の力や、自分の意思の元に生活をする姿が地方での生活や騎士団での見習いだった頃を思い出します」

 母親を亡くしたマキウスが帰された母親の生家であるハージェント男爵家は、貴族というより平民に生活や考え方が近かった。
 使用人はいるが、自分に関する最低限の事は、自分でやるというのが、ハージェント家のやり方だった。
 男爵家に来たばかりの頃は、ブーゲンビリア侯爵家と生活が違い、戸惑う事も多かったが、自分でやる分、侯爵家より自由させてもらえるからか、マキウスはすぐに馴染んだのだった。
 近くの町や村に出掛けては、野山を駆け回った。学校に通い始めると、町村の子供達と共に机を並べて勉強もした。
 喧嘩もしたが、その分、楽しい思い出もたくさん出来たのだった。

 騎士団に入団した頃、特に見習い騎士の時は、自分以外の先輩騎士達の雑事も、全て引き受けなければならなかった。
 詰め所の掃除、武具の手入れ、野営時の炊事、時には洗濯や入浴の用意も、見習い騎士の仕事だった。
 それらの雑事を嫌がって、騎士団を辞める貴族出身の見習い騎士も多い。
 マキウスは男爵家でやっていた事もあり、雑事を苦もなくこなしたのだった。

 まさか、地方での生活の経験が、騎士団に入ってからも生かされる事になるのだから、人生はどうなるかわかったものではない。と、マキウスは常々思ったのだった。

「特にこの辺りは、男爵家の屋敷があった街やその周辺と似ていますからね。空気もよく似ていて、落ち着きます」
 モニカは笑みを浮かべると、マキウスの横顔を覗き込むように見つめた。
「そんなマキウス様が、どんなところで育ったのか気になります。いつか連れて行って下さいね」
「ええ。必ず」
 マキウスは笑みを浮かべると、大きく頷いたのだった。

 そうして、マキウスは通りから外れた薄暗い路地に入ると、1軒の家の前で止まった。
「ここが魔法石の加工を依頼した店です」
「へぇ〜。見た目は普通のお家ぽいです」
 店は赤茶色のレンガらしき造りの小振りの家であった。
 マキウスがドアノブを掴もうと手を伸ばしたのとほぼ同時に、バタンと内側から扉が開いた。
 2人が目を丸くしていると、中からは複数の小さな影が飛び出してきた。
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