ハージェント家の天使
 今にも頭を抱えそうな夫の姿に、モニカは同情したのだった。

「恐らく、今後もこちらと良い関係を結びたい、という侯爵家の意図もあるのでしょう」
「そいつは嬉しいが……。侯爵家なら、もっといい加工職人を知っているだろうに。こんな場末の加工屋に来なくともよ」
 男が革袋に金を戻している間に、マキウスはモニカを呼んだのだった。
「モニカ。お待たせしました。こちらが、貴方の魔法石です。受け取ってくれますね?」
「はい!」
 モニカは顔を綻ばせると、即答したのだった。

「手を貸して下さい」
 利き手じゃない方がいいと言われ、モニカは左手を差し出す。
 すると、マキウスはモニカの手を取ると、身に着けていた外出用の白手袋を外したのだった。
「愛しい人。どうか、こちらを受け取って下さい」
 そうして、マキウスはモニカの左腕に、青色の魔法石がはまった銀色のブレスレットを着けたのだった。

「よく似合っていますよ。モニカ」
 銀色のブレスレットは、鳥の羽根を銀色の円環に掘ったデザインをしていた。
 それぞれの羽根には、魔法石を抑制する呪文が刻まれていた。
 羽根と羽根の間に、 青色の魔法石を入れる事で、それぞれの羽根を繋げていたのだった。
「これは、羽根ですか?」
「ええ。天使の羽根をイメージしました」
 マキウスはブレスレットに触れた。
「この国では、天使は『尊い者』や『愛おしい者』を意味します。私にとって、貴方は天使そのもの」
 マキウスの魔力を吸収した魔法石は、青色の光を放った。
「そんな貴方だからこそ、このデザインはよく似合うと思いました」
「マキウス様……!」
 モニカは頬を赤く染めると、目を輝かせてマキウスを見つめた。マキウスもそれに答えてくれるように、優しく見つめ返してきたのだった。

 2人が見つめ合っていると、「んんんっ!」と、わざとらしい咳払いが聞こえてきたのだった。
「仲が良いのは構わねぇんだけどよ。悪りぃが、続きは外でやってくれねぇか?」
 男は顔を赤くして、2人から目を逸らしていた。
「す、すみません……!」
「申し訳ありません」
 モニカ達が互いに目を逸らしていると、男は「そういや」と、話題を変えたのだった。

「そっちの嬢ちゃんが身につけるって事は、嬢ちゃんはガランツスから来たユマン族かい?」
「そ、そうです! あの、店主さんも……?」
「俺はちげぇが、ひいばあちゃんがユマン族人でよ。俺はひいばあちゃんの血が強いんだ」

 男によると、男の実家はかつては国で指折りの商家であった。
 当時、死傷者が多数出るような大きな事故が起こった。その際に多額の寄付金を出して国に貢献したらしい。
 その褒美として、ガランツスから来た花嫁を賜わった。それが男の曽祖母である。

「へぇ〜。店主さんのひいおじいさんの様な方って、結構いるんですか?」
「そうさなあ……」
「多いと思いますよ」
 モニカと男の疑問に答えたのは、マキウスであった。
「商家に直接賜った例もありますし、下級身分の貴族に嫁いだユマン族の子供が、商家に嫁いだというのもありますね」

 下級貴族から有力な商家に嫁いだというのは、珍しい話ではない。
 下級貴族に嫁いだユマン族の子供が、商家に嫁ぎ、更に他家に嫁いだ事で、市井にユマン族の血を引く者は広まっていったのだろう。

「さっきお店から出てきた子供達にも、ユマン族ぽい子がいましたね?」
「えっ!? そうなんですか?」
 モニカは一瞬しか見えなかったが、身体能力に優れたカーネ族のマキウスには見えたらしい。
「あのクソ餓鬼共も、ユマン族の血が入っているよ。この辺りにはそういった奴が多い」
 男は目を逸らした。
「それ故に、苦労をしている者も多いがな」
 外からは、子供達の楽しそうな声が聞こえてきたのだった。

< 106 / 166 >

この作品をシェア

pagetop