ハージェント家の天使

王都の表と裏

 加工屋を出た2人は、王都の散策に戻った。
 マキウスによると、この辺りは王都の中でも特に活気のある辺りらしい。
「この近くには、文官を目指す者の為の学校や、大天使を祀る大聖堂、国の歴史をまとめた公文書館もあります」
「そうなんですね!」
 モニカは物珍しそうに、王都の街並みを眺めたのだった。

 2人は先程の加工屋や市場があった通りから、最初に馬車から降りた広場に戻った。
 加工屋や市場があった通りが大天使像寄りだとすると、その反対側の騎士団の詰め所や王城への通りに学校と公文書館がある。
 その通りに向かいながら、右にずっと通りを行くと大聖堂があり、更にその先にはガランツスに続く国の出入り口があるとの事だった。

 モニカはマキウスに連れられて、大聖堂に入った。
 大聖堂は身分に関係なく入れて、定期的に大司祭によるミサも行なっているという事だった。
「わぁ、綺麗ですね!」
 天井には色とりどりのステンドグラスが飾られていた。
「このステンドグラスは、この国の歴史を表しているそうです。地上にあったカーネ族の国にユマン族が来るところから」
「へぇ〜。そうなんですね!」
 モニカが上を向いてステンドグラスを眺めながら歩いていると、不意に右手を握られた。
「マキウス様?」
 手を握ったのはマキウスだった。
「そうやって、上ばかり見ていたら、誰かにぶつかって危険です。私が手を引きます」
「子供じゃないですから……」
 モニカはため息を吐いたが、腕を振りほどこうとは思わなかった。
 マキウスが自然と、モニカの手に指を絡めてきたからかもしれない。
 恥ずかしいと思いつつも、マキウスの優しさが嬉しかった。
 モニカはマキウスの顔を見ないように、ステンドグラスを見上げ続けたのだった。

 大聖堂を出ると、広場に向かって歩いた。
 2人は依然として、手を繋いだままだった。
「大聖堂や公文書館にも貴族は立ち入りますが、広場はあまり出歩きません」
「こんなに賑やかなのに、勿体無いです」
「身分が高い程、あまり市井と関わりたがらないようです」
 マキウスが肩を竦めると、モニカは「でも」と返した。
「市井の為に持てる力を振るって、手本となる事も、貴族としての役割ではないんですか?」
 御國だった頃、「ノブレス・オブリージュ」という言葉を聞いた事がある。
「貴族などの身分の高い者が、模範となるように振る舞うべきだ」という、「貴族の義務」という意味で使われている。

 モニカの言葉に、マキウスは目を丸くした。
「確かに、その通りではありますが……。まさか、貴方もそのように考えているとは、意外でした」
「そうですか? 私はこれまで貴族ではなく、一市民だったから、そう思うのかもしれません」
 マキウスは立ち止まると、何やら考え込んでいるようだった。
「マキウス様?」
 2人の横を幾人も通り過ぎて行った。その中には、カーネ族も、ユマン族もいたのだった。

「モニカ。王都の案内を終えたら、貴方を連れて行きたいところがあります」
「連れて行きたいところですか?」
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