ハージェント家の天使
「それに最近は、お姉様ーーヴィオーラ様も気遣ってくれるの」
 モニカは微笑んだ。すると、モニカに釣られるように、リュドも微笑んだのだった。
「マキウス殿のご家族とも仲が良いのだな」「うん!」
 そして、2人は顔を見合わせて、笑い合ったのだった。

 すると、リュドは「そうだ」と声を上げた。
「せっかくだ。いつものように、髪を切ってくれないか?」
「えっ!? お兄ちゃんの髪を!?」
(ど、どうしよう……)
 モニカ備忘録の中には、リュドの髪を切っている記憶が無かった。
「モニカ」にとっては、日々の生活の中で行う当たり前の事で、記憶に留めておく程の事では無かったのかもしれない。

(断ったら怪しまれるよね……?)
 モニカが内心で悩んでいる間も、リュドは期待するようにモニカを見ていたのだった。
「いつものように切ってくれて構わない。それこそ、2人で暮らしていた頃のように」
「……わかった」
 モニカは部屋の隅に控えていたティカに、道具を持ってくるようにお願いしたのだった。

 ティカに鋏と櫛を用意してもらっている間、他の使用人が部屋の片隅の床に白い布を引いてもらい、その上に椅子を置いてもらった。
 即席の美容室にすると、ティカ達は部屋から出て行った。アマンテは既にニコラを連れて、部屋に戻ったようだった。
 モニカは椅子に座るようにリュドに言うと、椅子の後ろに回ったのだった。
「お、お兄ちゃん。長さはどうする?」
 モニカは手を震わせながら、鋏を手に取った。
「そう深く考えなくていい、いつもの長さで構わない」
(その「いつもの長さ」がわからないんだって〜!)
 モニカは内心で泣きそうになった。こんな事なら、最初に適当な理由をつけて断っておくべきだった。
「懐かしいな。一緒に暮らしていた頃も、こうして髪を切ってもらっていたな」
 リュドはモニカの様子に全く気づかないまま、髪を切ってもらうのを待っていた。

 モニカはリュドの髪を一房取ると鋏を向けた。けれども、すぐに両方とも下ろしてしまった。
(ここで間違えたら、「モニカ」じゃないってバレちゃう)
 恐らく、「モニカ」なら迷わず切っていただろう。
 けれども、今のモニカには出来ない。
 長さを間違えて、「モニカ」じゃないってバレたら、リュドはどんな顔をするのだろう。
 驚愕? 悲しみ? それともーー?

「モニカ? どうしたんだ?」
 リュドが怪訝そうに振り返った。
 けれども、その顔を見ていられなかった。
 見てしまうのが怖かった。
 モニカは頭を振ると「なんでもない」と言ったのだった。
「やっぱり、私が切るよりも、ちゃんとした人に切ってもらった方がいいと思うの。お姉様やマキウス様なら知っていると思うから、聞いてみるね」
「ああ……」
 モニカはなんでもないというように笑ったが、リュドは納得がいかないようだった。
 リュドに背を向けると、モニカは掌をグッと握ったのだった。

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