ハージェント家の天使
「それは、どういう意味でしょうか……?」
 モニカは涙を零しながら続けた。
「どんなに頑張っても、私はモニカになれないんだってわかったんです。お兄ちゃんは『モニカ』を期待しているのに……。
 私は『モニカ』じゃないから、お兄ちゃんが期待する『モニカ』になれないんです……!」
 マキウスはじっとモニカを見つめた。
「リュド殿が期待する『モニカ』、ですか?」
 モニカは何度も頷いたのだった。

「お兄ちゃんは、一緒に暮らしていた頃の『モニカ』を求めていました。髪を切って欲しいと言われた時も」
 使用人からモニカがリュドに言われて髪を切ろうとした事を、マキウスは聞いていた。
 そして、切らずに終わった事も。
「お兄ちゃんは『いつもの長さに切って欲しい』と言いました。一緒に暮らしていた頃のように。
 けれども、私はお兄ちゃんと一緒に暮らしていた『モニカ』じゃない。だから、お兄ちゃんが言っている『いつもの長さ』が、わからなかったんです……!」

「いつもの長さ」がわからない、「いつもの長さ」を教えて欲しいと、リュドに聞き返す事も出来た。
 けれども、それを言ったら、リュドに「モニカ」じゃないとバレてしまう。
 それを知ったら、リュドはどう思うだろうーーどんな顔をして、モニカを見るのだろうか。

「モニカ……」
「お兄ちゃんを悲しませたくないんです……! お兄ちゃんの期待を裏切りたくないんです! そんな事、きっと『モニカ』は望んでいない!」
 モニカは両手で顔を覆って泣いた。
「やっぱり、私は『モニカ』じゃないんです。なのに、どうして私はモニカになったのでしょうか? モニカになれないのに、どうして私が……!」

 あの日、モニカの中から『モニカ』が旅立つ時、モニカを託された。
「みんなを、よろしくね」と。
 だから、『モニカ』にならなければならないのに。
  「モニカ」の言う「みんな」の為にも。

 モニカが泣いていると、顔を覆っていた両手首を掴まれた。
 ゆるゆると両手を下されると、目の前には心配そうにモニカを見つめてくるマキウスの顔があったのだった。
「マキウス様……?」
「貴方は『モニカ』にはなれません。何故なら」
 マキウスはそっと息をつくと、モニカに顔を近づけた。

「貴方は『モニカ』ではないからです」

 
< 125 / 166 >

この作品をシェア

pagetop