ハージェント家の天使

懸念

「リュド殿とは上手くいったんですね」
「はい! これもマキウス様のお陰です! ありがとうございました」
 リュドと話した日の夜、アマンテが来るまで部屋でニコラをあやしていたモニカは、いつもより早く帰宅したマキウスに、昼間のリュドとの会話を話したのだった。

「それで、お兄ちゃんは、まだしばらく、お姉様の屋敷に滞在するそうです」
「では、その内、屋敷に招待しましょう。子供の頃のモニカの話を聞きたいです」
 マキウスはモニカの隣に座ると、ニコラを抱いた。
 モニカの腕の中からマキウスの腕の中に移ったニコラは、マキウスの腕に移った時だけ驚いていたが、すぐに落ち着いたようだった。
「もう……。でも、私も知りたいです。『モニカ』さんの事を」
 腕の中のニコラが重くなったかと思うと、静かに寝息を立て始めた。
 最近は昼と夜の区別がつき始めたようで、昼は遊び、夜は眠るようになったのだった。

「……結局、最初のモニカは、私との結婚が嫌だったのでしょうか」
「マキウス様?」
 すやすやと眠るニコラの顔を見つめたまま、マキウスは呟いた。
「『モニカ』が心を開いてくれなかったのは、私の事が嫌いだったからではないかと思うのです。『モニカ』の相手が私でなければ、『モニカ』は心を開いてくれたのではないかと」

「でも、相手がマキウス様じゃなければ、私達は出会わなかったです」

 悲しげな顔をしていたマキウスは、モニカの言葉に顔を上げた。

「『モニカ』さんが階段から落ちなければ、私達は出会わなかったです。『モニカ』さんの相手がマキウス様じゃなければ、私はここにいなかったかもしれません」

『モニカ』の相手がマキウスじゃなければ、モニカは今頃、ここにいなかっただろう。
 屋敷を出て、元の世界に戻る方法を探して、当て所なくこの世界を彷徨っていたかもしれない。

「私はマキウス様だったから、ここに居たいと思いました。今、幸せなのも、マキウス様のお陰です。だから、そんな事、言わないで下さい……」
 モニカは両手を強く握りしめた。マキウスは俯いたのだった。
「……すみません。貴方を傷つけるような事を言いました」
「いえ……。私の方こそすみません。『モニカ』さんが階段から落ちなければ、って言って」
『モニカ』が階段から落ちなければマキウスと出会わなかったが、それは『モニカ』が階段から落ちた事を喜ぶような意味になりかねない。
 マキウスは『モニカ』を想っていたのに。

(妬いているのかな……)
 マキウスが『モニカ』を想っている事に。
 もしかしたら、モニカはマキウスが未だに『モニカ』をーー別の女性を想っているのに嫉妬しているのかもしれなかった。

 ニコラの寝息だけが聞こえる中、2人はアマンテがやって来るまで、ずっと黙っていたのだった。

 アマンテにニコラを預けて、2人は部屋を出た。
 会話もなく、マキウスの後ろを歩きながら、モニカはポツリと呟いた。
「……マキウス様の事、『モニカ』さんは嫌いではなかったと思います」
「モニカ?」
 マキウスは驚いて振り返った。
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