ハージェント家の天使
「もし、本当にマキウス様の事が嫌いだったのなら、ニコラを産まなかったと思います」

 この世界に、「中絶」があるのかはわからない。
 けれども、本当にマキウスの事が嫌いだったのなら、「モニカ」にはニコラを産まないという選択肢だってあったはず。
 何らかの方法で、嫌いな男との間にできた子供を堕とす事だって出来た。
 マキウスの話では、妊娠が発覚した「モニカ」は部屋にこもって、落ち着いた時には遅かったと言っていた。

(本当にそうなのかな?)
 部屋にこもっている間に、『モニカ』にはニコラを堕とす事だって出来た。
 リュドを始めとする屋敷の外にいる人間に、助けを求める事だって出来た。
 特にリュドとは、頻繁に手紙のやり取りをしていたのだから。
 それをしなかったという事は、少なくともニコラに愛情を感じていたのだろう。……マキウスにも。
 そう、モニカは信じたい。

「私がいた世界では、望まぬ妊娠をした場合、子供を産まないという選択肢がありました。この世界にはあるかわかりませんが……」
「この世界ではどうしているんですか?」、とモニカは聞いた。
 マキウスはモニカの横に並ぶと、「そうですね」、と考えながら教えてくれた。
「産んで密かに養子に出すか、または捨てるか、産んですぐに息の根を止めるかでしょうか」
「いずれにしろ、あまりいい思いはしませんが」と、マキウスは肩を落とした。

 歩きながら話していると、丁度、階段に差し掛かっているところだった。
 階段を上って少し歩くと、夫婦の寝室だった。
 モニカがドレスの端を摘んで上ろうとすると、マキウスが手を差し出した。
 モニカが空いている手を重ねると、マキウスはモニカに合わせて階段を上ってくれたのだった。

「きっと、『モニカ』さんもマキウス様のこういう気遣いが好きだったと思います」
 さりげなく、マキウスはモニカに手を貸してくれた。
 マキウス1人なら、こんな階段すぐに上れるだろう。
 それでも、マキウスはモニカに歩調を合わせてくれた。
「そうでしょうか?」
「きっとそうですよ! 少なくとも、私は嬉しいです!」
 2人は階段を上ると、寝室に向かった。

 繋いだ手はそのまま。
 離そうとは思わなかった。
 マキウスも同じようで、どちらともなく離そうとは思わなかった。

 寝室に入ると、マキウスが明かりを点けてくれた。
< 135 / 166 >

この作品をシェア

pagetop