ハージェント家の天使
「私がいた世界では、『疲れている時ほど、空を見上げなさい』って、いう言葉がありました。下ばかり見ないで、上を見なさい。普段は気づけないものが、そこにはあるからと」
 疲れている時や忙しい時など、心に余裕がない時ほど、空を見上げてひと息つきなさい。
 そこに答えがあるかもしれない。解決の糸口が見つかるかもしれないから。

「良い言葉ですね」
「そうですよね!」
 この世界で暮らし始めてから、慣れない生活に余裕が無くなって、空を見上げなくなった。
 これまでも、流星群の日はあったかもしれないのに。
「今度はニコラも連れて来ましょう」
「そうですね! ニコラが大きくなったら。私とマキウス様も合わせた3人で」
 また2人の間には、沈黙が流れた。
 マキウスはモニカの方を向くと、金色の髪に触れようと手を伸ばした。
 すると、モニカは「私」と口を開いた。

「本当は、今でも迷っています。私はここに居ていいのか。ニコラの母親として、マキウス様の妻として、ここにいるのが相応しいのか」

 マキウスは手を止めた。
「私はこれまで子育てどころか、男性と付き合った事さえありません。男性が怖いんです」
「男が怖い……?」
「はい。でも、結婚して、子供が欲しいとも思っていました。かつての私は」
 御國だった頃、同級生が次々と恋人が出来ていくのが羨ましかった。結婚して、子供が出来た話を聞くと、もっと羨ましく思った。
 御國も恋人を作って、結婚して、子供を産めばいいだけの話ではある。
 けれども、どうしても出来なかった。

「今の私はマキウス様に触れられたい、もっと親密な関係になりたいーー愛されたいと思っています。けれども、どこかで触れられるのが怖いとも思っています」
 モニカは自分の身体を抱きしめた。
「私はかつて、男性に乱暴された事があります。ーー強姦されそうになったんです。それから、男性が怖いんです」
 マキウスは大きく目を見開いたのだった。

 あれは、モニカがーー御國がまだ中学生の頃。
 たまたま、同じクラスになった男子がいた。
 とても優しい子で、御國にも気兼ねなく話しかけてくれた。
 だから、その分、御國もその男子に優しくした。

 ある日の事、御國の近所に住む同級生が家にやってきた。
 男子が御國に会いたがっている。御國の自宅がわからないから、うちで待っていると。
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