ハージェント家の天使
「もう仕事は終わったんですか?」
「ええ。終わりました。ニコラに会いに行ったモニカがなかなか帰ってこないので、迎えに来たところです」
 名前を呼ばれたニコラが、マキウスの方を向いた。
 最近、ニコラが自分の名前に反応するようになってきた。
 名前が聞こえた方角をじっと見つめるようになってきたのだった。

「すみません。遅くなってしまって……」
「いいえ。迎えに来たおかげで、嬉しい言葉を聞けました。でも、せっかくなら、直接言って欲しいものです」
「もう、マキウス様ってば……」
 恥ずかしそうに顔を赤くしたモニカを、マキウスは声を上げて笑った。
「そろそろ、部屋に戻りましょうか。ニコラも休めないでしょう」
 モニカはニコラをベビーベッドに寝かせている間に、マキウスがアマンテを呼んでくれた。
 アマンテにニコラをお願いすると、2人は部屋を出たのだった。

 寝室に入ると、いつものようにマキウスが明かりをつけてくれた。
 モニカはソファーに座ると、「う、う〜ん」と腕を伸ばしたのだった。
「ニコラですか?」
「はい。だんだん、腕が疲れるようになってきて……。いい事ではあるんです。ただ、この身体には負担が大きくて……」

「モニカ」の身体は、階段から落ちて寝たきりになっていたからか、それとも元から体力が無いからなのか、あまり力仕事には向いていないようだった。
 御國の頃だったら、軽々と持てた物や、軽々と動けていたであろう屋敷内の移動も、この身体になってからは負担が大きかった。
「そうでしたか……。あまり無理はしないで下さい。もう、貴方だけの身体では無いのです」
「はい。気をつけます。……『私だけの身体』?」
 モニカが首を傾げていると、マキウスは意味深に頷いたのだった。
「ニコラの母親としての身体でもあり、私の妻としてのーー愛する女性としての身体でもあるのです」
「それに」と、マキウスはモニカの隣に座ると、身体を抱き寄せて囁いたのだった。
「これから先、2人目が授かるかもしれないのですから」
 マキウスの指す「2人目」が、何かわかったモニカは、顔がカァッと赤くなっていくのがわかった。

「そ、それって……」
「私達はまだまだ若い。その可能性が無いわけではありません」
「貴族は多産が好ましいのです」とまで、マキウスに言われれば、モニカは顔を赤くして黙っている事しか出来なかった。
「そうなんですね……」
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