ハージェント家の天使
「ただ、私は貴方が嘘をついていないと思っています」

 旦那様の言葉に、御國は首を傾げた。
「それは、どういう……?」
「ここからはあくまで、私の憶測です。それでも、聞いてくれますね?」
 有無を言わせぬ旦那様の言葉に、御國は小さく頷いたのだった。

「おそらく、モニカは死んでいます。元の世界の貴方も……」

「はい。少なくとも元の世界の『私』はそうだと思います」
「ただ、どうしてモニカさんも?」と御國が返すと、旦那様は首を戻して正面の壁をじっと見つめたのだった。
「モニカが階段から落ちたと聞いて駆けつけた時、辺りには血臭が漂っていました……。もう助からないだろうという程に」

 モニカが階段から落ちたと使用人から報告を受けた旦那様が駆けつけた時、階段の下にはうつ伏せになったモニカが倒れていたらしい。
 モニカの頭からは大量の血が流れており、辺りには血臭が漂っていた。
 旦那様は医師を呼んでモニカを診てもらったが、生存は絶望的だと言われたらしい。
 それでも、旦那様は一縷の望みにかける事にした。
 使用人に命じて、モニカが使っていた部屋ーー元々は、ニコラとニコラの乳母が使う予定だった部屋、モニカを寝かせた。
 早く目が覚める事を願って、時折、ニコラを同じ部屋に寝かせて。

「何が原因で貴方がモニカの中に入ったのかはわかりません。ただ、モニカの中に入るきっかけはそれしかないと思いました」
 御國はサイドテーブルにコトリと音を立てて、コップを置いた。
「つまり、モニカさんは目が覚める事なく死んで、代わりに元の世界で死んだはずの私が、何らかの方法でモニカさんの中に入ったと……?」
「ええ」と、旦那様は悲しげに頷いた。
「もしかしたら、貴方の元の身体には、モニカが入っている可能性もあり得なくはないですが……。貴方の話からすると、貴方は死んでいるのでしょう? それなら、今はそれしか考えられません」
 御國は胸元をぎゅっと握りしめた。
「もし、私が元の身体に戻ろうとしたら、それは私だけでなく、この身体も……。モニカさんも死ぬ事になるの……?」
「……おそらくは」
 旦那様がそっと目を伏せると、御國も俯いたのだった。
「けれども」と旦那様は顔を上げると、御國の手を握った。
 今度は優しく、そっと。

「少なくとも、貴方が生きていてくれて、私は良かったと思っていますよ」

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