パラダイス、虹を見て。
「死亡届」と言われて。
 私は何を言っているのだろうとチャーリーさんを見た。
 チャーリーさんは額に皺を寄せて、何故か私を睨みつけるように見た。
「ノア・ハワードさんは、二番目の夫による暴行により意識不明になり病院に運ばれたが死亡したことになっています」
 もう一度、ゆっくりとチャーリーさんが説明する。
 私は目の前にある死亡届が本当なのかと、じっと目の前の書類を眺めた。

「言わば、これは殺人事件扱いになりますからなあ。穏便に丸め込みましたわ」
 チャーリーさんは急にニヤリと笑って、ユキさんを見た。
 ユキさんは、ふふふと幸せそうな表情で笑った。
「つまりですな、カスミさん」
「はい・・・」
 チャーリーさんは私を見る。
「貴女は、死んだことになり再び別人として生きる権利が与えられたのです」
「・・・はい?」
「これからは、ヒョウ様の正式な妹として自由に生きることが許されるのです」
 アハハハと大声で笑うチャーリーさんに。
 私は固まった。
 話についていけない・・・。

「死んだなんて…、そんなこと許されるんですか? だって、私生きてるし。葬式とか…バレたら」
「そんなの、バレないよ。何か文句言う奴が現れたら、チャーリーがどうにかするって」
 慌てふためく私をよそに。
 ユキさんは涼しい表情で言った。
「死亡届って偽装するってことですよね? これだって立派な犯罪じゃないですか」
 思わず大声を出したが。
 ユキさんもチャーリーさんも表情を変えない。

 この人達、一体何なのだろう?
「まあまあ、カスミさん。落ち着いてくださいな」
 そう言ったチャーリーさんは死亡届を封筒にしまう。
「貴女は、帰りたいんですか? 暴力夫のところに」
「…それは」
「仮に戻ったとしても、離婚でしょう。で、実家に帰ってまた縁談をもちかけられるか、もしくは…」
 チャーリーさんが口をつぐんだので。
 ゾワリと背筋が冷たくなった。

 暫くの間、静寂が訪れて。
 何か喋らなきゃと頭をフル回転させたけど。
 浮かぶ言葉ない。
「あの・・・」
「何だい?」
 上から目線でユキさんが言う。
 まるで馬鹿にするような口調で。
「私、元は農家のおうちの…養子になって…だから、戻りたいんです。農家に。…できたら」
 チャーリーさんの眼力に圧倒されながら。
 言葉を慎重に選んで話す。
 と言っても、途切れ途切れの単語になってしまったが。
 チャーリーさんは「そうですか」と言って、ソファーにもたれて。
「お嬢さんに話すべきでしょうかね?」
「…いずれ、知るときが来るからね」
 2人、コソコソと話だしたので。
 だんだん、のけ者にされていることに腹が立ってきた。

「私が平民に戻りたいって言うのは、そんなにおかしなことですか?」
 また、大声を出すと。
ユキさんは「うーん」と唸った。

「残念ですが、カスミさん。あなたの養父母は…」
 神妙な面持ちで話そうとチャーリ―さんが私を見る。
 すると、遮るかのようにユキさんが「戻れないよ」と大声で言った。
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