追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
 ヴァルジェ王国の隣国ファルタカ。竜王を頂点にし、人間と竜族が暮らす国だ。
 竜族は人間に化けることができ、一見しただけでは竜族だとわからない。だが、力は人間の数倍あり、寿命もはるかに長く、膨大な知識量を蓄えている。
 竜族を敵にして勝てる者などいない。それが世界の常識だった。

「フローラ! 買い出しに行ってきてくれる!?」

 自分を呼ぶ声に、フェリシア――改め、フローラは声を張り上げた。

「今から行ってきます!」
「よろしくね」

 栗毛をゆるく結い上げたミリアムから折りたたんだメモ用紙を受け取り、フローラは外へ飛び出した。
 突き抜けたような空は高く、ぷかぷかと浮かんだ白い雲が流れていく。
 フェリシアを拾ってくれた歌劇団は女性だけで結成された、首都アン=カルネオールを代表する劇団だ。
 つまり、男役は男装して臨まなければならない。
 平均身長よりやや高かったフェリシアは劇団長に誘われてフローラと名を変え、新たな人生を歩み出していた。たまに名のない役を与えられることもあるが、基本的には裏方の雑務が主な仕事だ。
 そして、役になりきるため、普段より男装することが常となった。今は男物の服を手直ししたものを愛用している。
 腰まであった髪は肩につくまでの長さで切り、金に近い茶色の髪を後ろで結ぶ。首元にはレースのクラヴァット。舞台衣装にもなっている緑地のフロックコートには金糸や銀糸で刺繍がされ、袖口にもレースがあしらわれている。
 中には袖なしのジレを着込み、膝丈のブリーチズに白い絹の長靴下。フローラが貴族男性の格好で歩くのは劇団長が言い出したことで、宣伝も兼ねていた。

「フローラちゃん。今日もおつかいかい?」
「ええ。ここに書いてあるものをお願い。代金はつけておいて」
「あいよ。ちょっと待ってな――」

 店の奥に消えた女主人の背を見送り、フローラは店内を見渡す。外国製のアンティークランプや一見ガラクタにしか見えない変わった形の置物、店主の趣味で揃えた商品が雑然と並ぶエリアはいつ見ても異質な雰囲気をまとっている。
 だが、この店の本業は手芸店だ。大小さまざまな布が揃えられ、珍しい糸やビーズの種類も豊富だ。舞台で使う布や小道具は大抵この店で揃う。
 少しして女主人が両手にいっぱいの品物を抱えて戻ってきて、フローラはうげっと顔を引きつらせた。わかってはいたが、ミリアムはとことん人使いが荒い。
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