やわらかな檻
「貴女ですよ。実家に二つあるからと仰って、玄関に飾ってあった小さい方を持って来たんです。無断で」


 ――慧のおうちはツリー、ないの? かわいそうね。

 記憶の底から言葉が浮かび上がってきたかと思うと水面に一瞬だけ姿を見せ沈んでいく。

 けれど確実に私の中で波紋は広がり、薄れた記憶を埋めて。

 仁科の家にクリスマス文化そのものがないと知った時の衝撃だけ思い出した。

 全てを自分の家を基準にして物事を計っていたから、おそらくあの態度は慧を傷つけただろう。

 クリスマスツリーを持って来て押し付けた行動も、なんて非常識。


「しかも無断でって……」


 こめかみに手をやった私を見てどこか愉快そうに首肯する。

 クリスマスツリーの上部に色違いのリボンで飾られたベルが二つ並んだ。


「ええ。一緒にあちらのご両親まで謝りに行きましたが、覚えては?」
「……そうだったかもね」


 黒歴史をこれ以上掘り返さないで欲しい。

 本を読む振りをして視界をふさぎ、わざとそっけなく言うと慧が大仰にため息をついた。見ていなくても声が聞こえる。


「薄情な方だ。私は貴女の言動を一つ残らず覚えているというのに」

「忘れなさいよそんなの」
「嫌ですよ」
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