やわらかな檻
 ふと集中が途切れ、本から視線を上げると飾り付け最中のクリスマスツリーがあった。

 よりにもよって場所は掛け軸の下だ。

 普段は季節の花が活けられている所に、モミの木を模した置物。ぴかぴか光る電球に雪に似せた綿。

 畳にはこれでもかとオーナメントが並べられていて、数えなくても幾つあるか知っていた。今年の分はまだ買ってないから二十個。


「……仁科家とクリスマスツリーほど似合わない組み合わせはないわね」


 呟けば、その飾り付けを一人で請け負っていた婚約者がちらりと視線を寄越す。

 秘めた笑みを含んだ横顔は少なからず慧もそう思っていると伝えているようで、私は『賢者の贈り物』を脇に置いて更に尋ねた。


「元々は誰が買ってきたの? 陽子さん?」
「覚えていませんか」

 否定も肯定もなく、黙々と飾る手を休めずに短く訊き返される。拗ねているのだろうか、と思った。

「気がついたらあったんだもの」


 どちらにしたってそう答えるしかない。

 私にとってあのクリスマスツリーを誰が買ってきたか思い出せ、は慧の第一印象を問われるのと同じくらい困難な質問だった。

 十年も前で、会ったのが一度ならまだしもその後ずっと一緒にいたのだから。第一印象なんて忘れている。

 あまり子育てに対して積極的でなかった性格を考えると慧の両親ではなさそうだ。

 十年前の慧にクリスマスツリーをぽんと買える財力があったとは思えないし、育ての親の陽子さんでもないという。

 そうなれば容疑者は自然と絞られてきて、まさか、と思い至ると慧が口を開いた。
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