狂おしいほどに君を愛している

34.美に捕らわれた醜い化け物

私は目を閉じ、オルガの心臓に集中する。

赤い光が心臓から出て、剣が形成された。

エリザベートはまだこちらに気づいていない。私は彼女に気づかれないように背後に忍び寄る。

エリザベートに話しかけられていた令嬢が私に気づいたけど意図を察してくれたのか視線を逸らした。

エリザベートは自分の美貌を自慢するのに夢中のようだ。

「ぎゃぁ」

私はエリザベートを背中から斬りつけた。痛みに呻きながら振り返ったエリザベートを剣で突き刺す。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!いだぁいっ」

斬りつけた傷や刺した傷が浅かったのかエリザベートはまだ生きている。けれど動くのは難しそうだ。

地面に転がりながら痛みを訴えているだけでこちらに反撃する様子はない。

私は掌に力を集中させる。

「や、止めて、何するの?」

私が彼女の目の前でエリザベートを刺したからか、今まで与え続けられた恐怖心や苦痛で恐慌状態になっているのか、オルガの心臓という未知の力を恐れてか、その全てかは分からないが彼女は私が自分に危害を加えると思っているみたいで必死に「止めて」「ごめんなさい」「言うこと聞くから許して」と繰り返していた。

私は掌に集中させた力で彼女を吊るしていた鎖を切る。

「えっ」

どさりと床に落とされた彼女は何が起こったのか分からない目で私を見る。

私は次に檻を壊す。

「早く逃げるわよ」

いつ殺されるのか、いつまた傷つけられるのか。そんな恐怖状態が続いた中で急に解放されると人の理解は追いつかなくなるようだ。

けれど今、そんな彼女たちを一人一人気づかってあげられる余裕はない。

痛みでのたうち回っているエリザベートがいつ起き上がって私たちに牙を剝くか分からない。

私は人を殺したことなんてない。狙って致命傷なんて与えられないし、私の力では剣を貫通させることはできない。

「それともここで殺されたいの?」

私のその言葉が引き金になり令嬢たちは我先にと走り出した。

ここはどこかの地下のようだ。何とか上に繋がる道を手探りで探すしかない。

新聞には彼女の独断で、手を貸していたのは彼女に恐怖で支配された使用人ばかりと記載されていた。だから出くわしても何とか対処できるはず。

私も令嬢たちの後ろをついて走った。

みんな怪我をしていたり、何日も監禁生活を送っているせいで衰弱している為早くは走れない。

「よくもぉ゛、私の美しい体を傷つけたなぁ゛っ!」

すごい執念だ。

体にオルガの心臓を使って形成した剣を突き刺した状態でエリザベートが追ってきた。

「きゃあぁっ!」

令嬢たちは悲鳴を上げながら何とかエリザベートから逃げようと走り続ける。速度は上がったけど令嬢というのは中庭を散策するなど最低限の運動しかしない生き物だ。その上、怪我を負っていたり、衰弱したりしているので速度が上がったと言っても庶民が本気を出さずに追いかけても簡単に捕まってしまうレベルだ。

そして令嬢たちとは違い、衰弱しておらず更に体を傷つけられたことで怒り狂っているエリザベートが私たちに追いつくのは簡単だった。

「振り返らずに走り続けなさい」

私はみんなにそう指示を出して立ち止まった。

別に自分一人犠牲になろうとか考えているわけではない。私は自分が大事だ。こんな所で何の関係もない令嬢たちの為に死んでやるつもりもない。私は聖人君主ではないもの。

みんなが無事なら自分はどうなったっていい何て考えは持ち合わせはいない。

だから私が立ち止まり、エリザベートと向き合ったのは私が生き残る為だ。

「よくも、私の、美しい体を」

最早人ではない。

彼女の姿は欲望に負け、心を悪魔に受け渡した化け物そのものだ。

「美しい?いいえ、私は初めて会った時からあなたを美しいと思ったことがないわ。あなたは醜い。とても醜い化け物よ」

「私は美しいのよぉっ!」

エリザベートの手にはハサミがあった。これで私を殺すつもりだろう。でも、私は彼女をそこまで自分に接近させるつもりはない。

オルガの心臓に集中する。両掌に赤い光が出現した。私はそれをエリザベートに投げた。一つは彼女の足に、もう一つは彼女の顔に当たった。

「ぎゃあぁっ」

顔から湯気が出て、彼女の顔が焼け爛れていた。

「がお゛、わだぢのがおがぁっ!」

これだけ怪我を負っても痛みや死の恐怖よりも美しさが損なわれるのを気にするなんて大した執念ね。

「エリザベート・バートリ、美しさとは年齢とともに失われるものではないわ。年齢とともに深みが増していくものよ。様々な経験を得て、更に磨きがかかり、人はより一層美しくなる。美に捕らわれたあなたは醜いわ」

「だまぁれぇっ」

私に近づこうとするエリザベートにとどめを刺そうとした時、背後から「エリザベート・バートリを捉えろ」という声とドタバタと騒がしい足音が聞こえた。

入って来たのは生徒会長であり、第二王子であるエドウィン率いる騎士団だった。

「スカーレット・ブラッティーネだな。他の令嬢は外で俺の部下が保護した」

エドウィン。記憶の中の彼よりも幼い。それも当然ね。彼は今、まだ学生だもの。

「どうかしたか?」

「いいえ、私も外に出ます」

「なら連れて行く」

「結構です」

不敬だと分かっていても私は差し出された手を払いのけて出口に向かった。
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