狂おしいほどに君を愛している

49.君の為なら何百万死のうが構わない

「スカーレット」

授業を受けないまま、私はノエルに促されるように馬車に乗り、ノエルの邸へと帰り着いた。その間、ノエルは一言も発さなかった。

私が監禁された部屋、婚約した今では私とノエルの寝室になっている。その部屋に入って初めてノエルが口を開いた。

「どうして俺以外の男と二人きりになったの?」

ノエルから笑顔が消えている。完全に私のミスだ。ノエルの私に対する執着、独占欲を考えたらシャノワールと二人きりになればノエルがいい顔をしないことぐらいは分かるものなのに。

久しぶりの学校で浮かれていたのかも。

「婚約のことで話があったみたいだから。急な話だったし、内容的に人目のある場所は避けた方が良いと思って」

「スカーレットは俺の婚約者だって自覚がないみたいだね。また監禁されたいの?」

「それは嫌。それに陛下から任務を請け負っているし、前回のような監禁をされたら困るわ。誓約に反してしまう」

張り詰めた糸ののような緊張は周囲に漂う。一つの雑音さえも許されないような緊張感に私は生唾を飲む。

「スカーレットの今までの境遇を考えると男女の関係に疎いのは仕方がないと思う。でもね、少し無防備すぎると思うよ。君の知り合いでも、優しい奴でも信用すべきではない。下心がないとは限らないんだから」

「でも、シャノワールは」

「さっきも言ったよね。君たちは結婚できる間柄だって」

「‥‥‥」

「スカーレットはシャノワールと結婚したいの?彼を愛しているの?」

私は首が捥げるのではないかと思うぐらい首を左右に振った。シャノワールと婚約した自分の末路は今でも思い出せる。どんなに時間が経とうとも忘れることはできないと思う。私はあんな最期を迎えたくはないからシャノワールと婚約なんて絶対にしたくない。

「良かった」

ノエルがやっと笑みを見せてくれたので私は安心した。けれど、それも束の間。すぐにノエルの次の言葉で私は青ざめることになる。

「もし君がシャノワールを好きだと言ってたら俺は彼を殺しに行かなければならなかった」

「‥…シャノワールは侯爵家の跡継ぎよ。それにここはあなたにとって他国でしょう」

それ以前の問題だけど、それは取り敢えず置いておいて彼の身分と彼の行動によって考えられる最悪の影響力を考えるように促したけど無駄だった。

「そうだね。だからもし彼を殺していたら兄さんがうるさかっただろうね。外交問題だし」

そんなレベルではない。

両国の関係に亀裂が入るし、侯爵家の跡継ぎを他国の王族が殺す。これだけで宣戦布告ととれるのだ。

問答無用で戦争が起こっていてもおかしくはないレベルなのにどうして平然としていられるのだろう。

そう考えて「どうしたの?」と首を傾ける彼を見て理解した。

彼にとってどことどこの国が戦争になろうと、それによって何百万人の国民が命を落としたとしてもどうでもいいのだ。彼の目に映っているのは私だけ。私の存在だけが彼の世界を形成している。

「ノエル、私は平穏が好きよ。戦争は嫌い」

「スカーレットがそれを望むのなら戦争には発展させないよ。やりようは幾らでもある」

あくまでやらないという選択肢はないようだ。

「シャノワールに手を出さないで」

「そんなにあいつが大事?」

「シャノワールだけじゃないわ。私は私のせいで誰かに何か不幸なことが起こることは望まない。もう、そういうのは嫌なの」

自分が嫌というほど味わってきた。それを今度は目にすることになるなんて絶対に嫌だ。

「分かった」

私の気持ちが通じたのかノエルが纏っていた冷たい空気が霧散した。

「何もしない。ねぇ、こっちに来て」

手を伸ばして私を求めるノエルの元へ行く。ノエルは私を優しく自分に引き寄せて、抱きしめる。

「その代わり、約束だよ。俺だけを見て。俺だけを愛して。俺だけのものになって」

「ええ、分かったわ」

私はノエルを抱きしめ返す。ほっとノエルが安心したのが伝わってきた。

ノエルは恐れている。私がいなくなるのを。何よりも恐れている。

私とノエルの間に何があったの?
< 53 / 59 >

この作品をシェア

pagetop