その行為は秘匿
「あれは、いつだったかしら―」

2006.4.8
その日は、F高の入学式だった。
桜が舞い落ちる晴れた日に、新入生が笑顔で写真を撮っていた。
そこに1人だけ、笑顔を見せない女子生徒がいた。
周りに家族や友だちは見受けられず、ただただ下を見つめていた。
田部先生は、その子のことを仕切りに気にした。
ちゃんとクラスに馴染めるか、学校に行けるか。
たまに、体調が悪くなるその生徒は、保健室に来てベッドで休んだり、回復しても戻りたくないと言うときは、先生が話し相手になったりもした。
『私、こんな感じだから、小学校でも中学でもあまりクラスに馴染めなくて。だからあえて高校は地元から離れたところにしたんです。頑張って明るく振る舞って、友達たくさん作って、たくさん青春しようって。でも、やっぱり駄目だった。怖くなっちゃうの。周りの目を気にして。』
田部先生は、そう話す彼女をいつも励ました。 
『大丈夫、あなたを受け入れてくれる人は必ずいるから。それまで、いつでもここにいらっしゃい。』
彼女はそれから、よく保健室に来るようになった。
課題をやったり、本を読んだり、たまに保健室登校の生徒と会話をしたりしていたときもあった。
そして、いつからか彼女は保健室に来なくなった。
『自信がついた。』と張り切って教室へ向かう。
しかし、そこからすぐある出来事が起こった。
彼女のことを悪く言う、同じクラスの女子グループが彼女に暴力をふるったと言うのだ。
『保健室にばっかり行って、入学した意味ないんじゃないの?』
『あんな子いなければいいのに。』
彼女の私物からはそんなことがたくさん書かれていた。おそらくその暴力をふるった生徒たちが書いたのだろう。
その日から、彼女は学校に来なくなった。
それでも、いじめは続いて、連絡網から電話を何回もかけ、留守電で暴言を残したり、嫌がらせの手紙が何枚も送られてきたという。
両親が単身赴任だった彼女は、いつも家で1人、そんな最悪な行為を1人で受けていた。
5月に入ったあたり、田部先生の電話に一本の留守電が入っていた。
『先生、〇〇です。こんな私をいつも優しく迎えてくれてありがとう。保健室でのあの時間は私にとって、とても大事なものです。忘れません。』
先生は嫌な予感がした。震えが止まらない。 
そして、その1週間後、あの事件が起きた。
一時はマスコミからたくさんの質問、一部の教師からは罵声が浴びせられた。
しかし、先生は何も答えず、何も言わなかった。
彼女のことを分かってあげられず、死へと追い込んでしまったのは、自分の責任でもある。そう感じたのだ。
せめて、ほとんどのことを秘密にして、この事件を皆の記憶から消してしまおう。
そしたら、彼女の心も少しは安らぐ。
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