また逢う日まで、さよならは言わないで。
朝、『talk』のメッセージ通知音で私は目を覚ました。
【熱中症に気を付けてね】
ホクトからのメッセージが来ていた。
電車内での一件があって、一瞬直哉がホクトではないかと疑ったが、あのゲームおたくの直哉が私にわざわざこんなめんどくさいことをするはずがない。
万が一、直哉であったとしたらならば、このような優しい言葉遣いを使ったりはしない。
この言葉遣いは直哉というより、どちらかといえば、立花さん寄りだ。
直哉とは似ても似つかない。
【ありがとう。バイト行ってくるね】
私はそうメッセージを打ち込み、家を出た。
夏休みに入り、外では蝉たちの合唱が始まっていた。
緑はまるで太陽から自分の身を守るかのように深みをさらに増し、太陽はこれでもかというほど、暑く私を照り付ける。
「いらっしゃいませー」
おかげで、冷たい飲み物を求め、カフェ『ミヤコワスレ』は大繁盛。
私も、すでに仕事には慣れ、後輩も何人かできた。
私は、次々とやってくるお客様を誘導し、淡々と仕事をこなしていた時だった。
「浜辺さん、ちょっと」
お客様に出すドリンクを、厨房の端で作っていたときだった。
店長がすぐ近くのスタッフルームから私を呼んでいる。
私は近くにいた後輩にドリンクを任せ、店長が呼んでいるスタッフルームのほうへ向かった。
3回ノックして、私は部屋へ入る。
「失礼いたします」
この時ほど、ちゃんとメイクをすればよかったと思ったことはない。
「久しぶりだね、元気そうでよかった」
すでに荷物置き場と化してしまっているスタッフルームには似合わない、贅沢なオーラを放っている人物がいるのがわかった。
店長と横並びのパイプ椅子に座って、私を見上げている。
「……え。立花さん、お久しぶりです」
久しぶりすぎて、どう話せばいいのかわからなくなる。
約2か月ぶりの再会だったから。
「來花ちゃんに最後に会っておきたくてね。忙しい時間帯なのに、呼び出してごめんね」
そういって立花さんは、少し口角をあげる。
最後……?
私は、首を横に少しばかりかしげる。
「立花君、急だけどやめることになったんだ。浜辺さんお世話になっただろうから、最後にゆっくり話して。終わったら戻っておいで」
店長は、私が聞きたいと思っていたことにさらっと答え、立ち上がった。
そして、静かにスタッフルームを出ていった。
私がこうして抜けている時間、私の分働いていてくれるのだろう。
人のいい店長だからきっとそうだ。
「少しだけ話そうか」
立花さんは、店長がさっきまで座っていたパイプ椅子の席を、左手で二回ほどやさしく叩いた。
私は、ゆっくりと、その席へと腰かけた。
立花さんは私が腰かけると、そのきれいな顔を私に向ける。
立花さんは少しばかり前髪が伸びたようだ。
少し癖のある立花さんの髪は、目にわずかばかり、かかっていた。
「緊張してる?」
立花さんはまた口角をあげて、そう私に尋ねてくる。
「……少しだけ」
素直に私は答える。
立花さんの前で嘘をついたところで、すぐばれる気がした。
「そっか。久しぶりだからかな」
「たぶん」
「かしこまらなくていいよ」
「そんなこと言われも……。自然にこうなります」
私は、視線を立花さんに向けられないままでいた。
「今日は、來花ちゃんに謝ろうと思ってきたんだ」
「え?」
私の顔が自然に上がり、立花さんと目が合った。
「やっと目が合ったね」
その笑顔が何だか懐かしい気がして、私は口元をきゅっと結んだ。
「俺、來花ちゃんに嘘をついていたんだ」
「嘘……ですか?」
「うん」
私はもう、目を立花さんからそらさなかった。
そらせなかった。