また逢う日まで、さよならは言わないで。
だって彼が――――泣いていたから。
その涙があまりにも綺麗だったから。
「俺がホクトなんだ」
時間が止まった気がした。
「ずっと黙っていてごめん」
立花さんの涙が、頬を伝う。
だけど、立花さんは私から決して目をそらしはしなかった。
その真っすぐな瞳から私は逃れようがなかった。
「立花さんが……。ホクト?」
絞り出すようにしてだした私の声は、わずかばかり震えていた。
立花さんは私のその問いに首を縦に動かした。
そして立花さんはゆっくりと語りだした。
「來花ちゃんがバイトの面接に来た日、覚えてる?」
「はい……。でも、立花さんいなかったですよね?」
「うん、面接しているときはいなかった。だけど、店に用があって、その日たまたま店舗に向かってたんだ。丁度、面接帰りの來花ちゃんと、入り口で俺とすれ違ったのは覚えてない?」
「すみません……。そこまでは……」
「いいよ。一瞬だったからね。――――ひとめぼれだった」
「えっ?」
聞き間違えたのかと思った。自分の耳を疑った。
「――――好きになったんだ。來花ちゃんのこと」
胸の奥が熱い。
体が震えているのがわかる。
心臓の音が早くなっていくのがわかる。
「だから、本当はだめなんだけど、來花ちゃんが持ってきてくれた履歴書の電話番号とメールアドレスを勝手に登録して、『talk』で友達申請したんだ」
ホクトから友達申請が来たタイミングは立花さんには話していないはず。ということは――――。
「本当に……ホクト?」
「ああ、そうだよ」
「なんで……」
胸が苦しくなった。
ホクトがこんなにも身近にいたことに。
なんでも気を許して話していた相手が立花さんだったことに。
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。
「私をだましていたんですね」
気づけば私は、再び強く拳を握っていた。
「どんな気持ちでした?」
もう私は止まらなかった。
止まれなかった。
「楽しかったですか?」
「……ごめん」
「私の気持ち、もてあそんで楽しかったですか?」
やり場のない想いがどんどんあふれてくる。
立花さんに、こんなことを言うのは間違っていると頭ではわかっているはずなのに、気持ちが追い付かなくて、口が勝手に動いてしまう。
涙が、勝手にあふれ出す。
「……もう、会いたくないです」
知らない人だから良かった。
ずっと知らない人のままでいてほしかった。
「そう、だよね」
立花さんは、ゆっくりと立ち上がった。
もう、そこにはあの爽やかな笑顔はなかった。
「今日はもう帰りな。店長には俺から言っておくよ」
そう言い残し、立花元副店長は、部屋を出ていった。
私はしばらくその場から動けず、涙が止まるまで、そのパイプ椅子に座り込んでいた。