また逢う日まで、さよならは言わないで。
何時間たっただろう。
すでに日は落ち、あたりは暗くなっていた。
早く帰らないと、お母さんが心配する。
頭ではわかっていたが、私の身体は重たく、立ち上がらせてはくれなかった。
私はバイト先近くの河原で一人座り込んでいた。
今日は熱帯夜のようで、汗がじっとりと私の身体を伝う。
ぬるい風が私の頬をかすめる。
ぬぐいたくてもぬぐえないこの嫌な空気。
私の心の奥底にたまる何かに似ている。
スマートフォンがさっきから震えているのがわかる。
多分お母さんだろう。
そろそろ本当に帰らないとまずい。
お母さんは心配性だから、話を大きくしないうちに帰ろう。
あの川に流れる大きな葉があの橋の下に行くまでには立ち上がろう。
自分の中に1つのルールを設けた時だった。
「見つけた」
何だか懐かしい声がする。
やっぱり、私を見つけてくれるのはお母さんでもなく、お姉ちゃんでもなく、あなただ。
「帰るぞ」
直哉が私の後ろから、そうぶっきらぼうに言ってくるのが聞こえる。
「いやだ」
お決まりの私のわがまま。
直哉は私がそういうとわかっていたかのように、私の隣、川の上流のほうに腰かけた。
「何があった?」
今度は少し優しく、そう問いかけてくる。
なぜだろう。
直哉なんかに、こんなところを見せたくはないのに。
弱みなんて、握られた数だけ損をするのは私なのに。たぶん安心したからだと思う。
「少しだけ、胸かして」
私はそういって、隣に座っていた直哉の左胸に倒れるように顔をうずめた。
涙を見られたくなくて。
直哉の優しさにすがった。
直哉は、抵抗することなく、私を抱きしめ返すこともなくただただそこにいた。
「何があったか知らないけど、顔上げろよ」
「……うぇ?」
しばらく直哉の胸で泣いていた私に、直哉がそう声をかける。
ただ、直哉の言葉に返事をしようとしただけなのに、変な声が出てしまう私。
直哉が私の辺を聞いて、笑っているのがわかる。
私は、直哉の胸から離れ、涙をぬぐう。
「不細工だな……」
さらに追い打ちをかけてくる直哉。
こういうところ、本当に人としてどうかと思う。
泣いている私にも容赦のないその口調にむかつきながらも、どこか少し安心している私がいた。
その瞬間だった。
大きな音を立てて、川のずっと下流のほうで花火があがったのが見えた。
いつの間にか、私しかいなかった川辺には人が集まりだし、みな、1つの方向を見ている。
まばゆい光が私たちを照らす。
そして儚く消えていく。
大きな花火だ。
今思えば、花火みたいな人だった。
多分私は恋をしていたんだ。
あの人に。
花火みたいな恋だった。
自ら終わらせた恋の終わりに花火なんて贅沢だ。
こんなの、一生忘れられなくなる。
あの優しさが大好きだった。
だけど、時間はもう戻せない。
後悔したってもう遅い。
私は彼を傷つけた。
言葉というナイフで私は彼を傷つけた。
――――さようなら。
そう、私は夏の夜空に向かって、小さく言葉を放つ。
花火にかき消される私の言葉。
それでいい。
あの時言えなかったお別れの言葉。
誰にも届かなくたっていい。
これは私自身に言った言葉なのだから。
私の1つの恋に言った別れの言葉なのだから。
――――私はその夜、『ホクト』をブロックした。
さようならと、心の中で唱えて――――。