また逢う日まで、さよならは言わないで。
あの日からずっと心の奥底に、引っかかっている言葉がある。
『高校卒業したらやりたいことないの?』
『別に。寂しい人生だなと思って』
直哉のその声がずっと私の脳裏をかすめている。
まるで、のどに引っかかった魚の小骨のようなしつこさだ。
しかし、直哉の言っていることは間違いではない。
それが私の頭でもわかっているから余計に腹が立つ。
私は、面倒くさがりであり、飽きっぽい性格をしているが、誰よりも負けず嫌いだ。
直哉に今勝ち負け等の勝負をしているわけでもないが、このまま言われっぱなしで引き下がる私ではない。
もがくだけもがいて、もがいて、もがくのが私の勝負の仕方である。
学校が土曜日で、珍しく直哉が今日は私の家に来ない。
私も今日はバイトが1日休みだ。
これはチャンスだと思った。
私は、デスクに向かい、紙を一枚広げた。
そして、今自分が楽しいと思うことをそこに思い付き限り、かき出してみた。
自分探しの旅に私は出かけたのだ。
自分のことは自分が一番わかっているというが、果たしてそれは本当にそうなのだろうか。
私は、そうは思わない。
意外にも、自分よりも自分に詳しい人間はいたりする。
例えばうちの母親なんかがそうかもしれない。
「どうしたの急に」
昼食の準備をしていたお母さんのもとへ、私は紙とペンをもって向かった。
うちのキッチンは、オープンキッチンだ。
今は亡き父親が、料理好きの母親のために、キッチンにはこだわって作ったらしい。
おかげで、うちの母親はこうして毎日仕事帰りでも、キッチンに立ち、私と直哉と自分の分の料理を作る。
今日の昼食はオムライスだろうか。
卵の焼けたいいにおいがする。
この時間に1階へ降りてきた私を、お母さんは、料理をする手を止めて、珍しいものでも見るように凝視してくる。
きっと、私が何か書くものをもって、真剣な顔をする姿を、久々に見たからだろう。
「1つ質問したいことがあるんだけど」
「あ、ええ。いいけど。何?」
お母さんは、卵を焼いていたフライパン下のコンロの火を消し、できるだけいい答えが返せるように準備してくれた。
「私がやりたいことって何だと思う?」
「……え?」
「だから、私がやりたそうなことって何だと思う?」
「……來花がやりたそうなこと?」
「うん、そう」
最初、私の質問に戸惑っていたようだが、お母さんは頭に手を添えて、真剣に考えだしたようだ。
そして、1分もたたずに、何かひらめいたように、目を見開き、天井を仰いだ。
「やりたそうなことは、これといったものはすぐに思いつかないけど、來花は好奇心旺盛で……。あと、人と話すことが好きよね。それに、昔から人見知りしないし」
「……そうだっけ?」
「そうよ、直哉君が隣に引っ越してきたときのこと覚えてる?」
「そんな昔のこと、忘れたよ」
「あら、お母さんははっきり覚えてるわよ」
「だってもう、小学校6年生とかの時でしょ?」
「ええ、そうよ。そのころ、ほら、直哉君、喘息も今よりももっとひどくて、家にこもりっきりだったじゃない?だけど、來花はそんな直哉君の病状なんてお構いなしに、同じ年の子が隣に引っ越してきたことが嬉しくて、ほぼ毎日小池さんの家にお邪魔していたわよ」
なんとなく、数年前の当時の記憶がうっすらと、脳裏をかすめる。
しかし、具体的なことは何一つ覚えてはいない。
「今の、直哉状態に私がなってたってこと?」
「ええ」
「……そうだったっけ」
確かに、直哉のお母さんとお父さんはすごくいい人たちで、小さいことからよくお世話になっていたことは知っていた。
しかし、今の直哉のように、毎日入り浸っていたかとなると、直哉の両親がいかにいい人だろうと、それはまた別の問題だ。
いまさらながらに、なんだか、直哉の両親に悪いことをしたかもしれないと、反省してしまう。
「喜んでたわよ。直哉君のご両親」
「え?」
お母さんは、私の気持ちを読んだのだろうか。
お母さんは、目じりにしわを寄せ、口角を少しばかりあげた。
「直哉君、向こうでは、友達はあまりできなくて、引きこもり状態だったんですって」
初めて会ったときの直哉の印象は、少しではあるが、覚えている。
静かな子だと思った。
それと同時に、直哉に興味を持った。
どんな子だろう。
この子は私にどんな話をしてくれるのだろう。
幼いながらも、私は初めて会った小池直哉に好奇心をむき出しにしていた。
直哉は、あまり人前に出ることを得意とせず、集団で何かをやることも苦手意識があり、常に個として動いていた。
中学の時も、なんなら今でもそうだ。
「そんなときに、來花が直哉君をいろんなところに連れて行ってくれて、いろんな景色を直哉に見せてくれてありがとうって、いつも直哉君のお母さんは私に言ってくれていたわよ」
「そんなこと、直哉のお母さん言ってたの?初耳」
「そりゃそうよ、今初めて言ったんだもの」
お母さんは、再び料理する手を動かし始めた。