ロミオの嘘とジュリエットの涙
「今みたいに、母さんは毒入りのグラスを一緒に飲むよう俺に持ちかけてきたんだ」

 そこで透は悲しそうに笑った。

「結局、俺は死にそこねて、母さんだけが亡くなった。そして俺は父さんに引き取られたんだ」

 そういうことだったんだ。

 私は手の中のグラスをぎゅっと握りしめ、透の視線に耐える。

「最初は父が憎くてしょうがなかった。けれど本当に腹が立ったのは、なにも知らず家族に囲まれて幸せにしている結だったんだ」

 ああ。私の待ち受けている運命は、予想していたよりも残酷でこんなに苦しい結末だったんだ。
 
「ずっと結が……憎くて憎くてたまらなかった」

 彼の言葉が引き金となり、頭で考えるよりも先に体が動く。 

「でも……結っ!?」

 透の驚いた顔は、私のよく知るものだった。そのことに少しだけ安心する。手に持ってたグラスの中身を私は一気に飲み干したのだ。

 舌先が痺れるように痛くて喉を苦味が滑っていく。胃に染みて反射的に吐き気がもよおすのをぐっと我慢し、思わずその場にしゃがみ込んだ。堪えていた涙が溢れ出す。

「ごめん、ごめんね。私、なにも知らなくて……」

 馬鹿な自分。愛されているどころか憎まれていたなんて。透の苦しみをなにひとつ理解せず自分のことばっかりだった。

『結を妹だと思ったことは一度もない』

 今までどんな想いで私のそばにいてくれたの? 私の気持ちを聞いてどう思った? 

 彼が与えてくれたキスは両親や世間に対する裏切りじゃない。私に対してだったんだ。

「結、落ちついて大きく息を吐いて。つらかったら水を飲んで吐くんだ」

 透は私のそばにやってくると腰を落として背中をさすりながらいつもの調子で声をかけてくる。私は混乱するばかりだ。

 意味がわからない。私が憎いんじゃないの? こうなることを望んでいたんじゃ……。
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