心理作戦といこうか。
ベンチに座り、山内さんを待っていると冷たいお水を買ってきてくれたので、それを一口飲むと喉が渇いていたのに気が付きガブガブ飲んでしまった。
それも熱のせいにする。

「水谷さん?
 もうすぐタクシー来ますけど行き先ってあのアパートですよね?
 僕もそこまで付き添いますから。」

「あ。」アパートは引き払われたのをすっかり忘れていた。
(どうしよう。)
「運転手さんには僕が案内しますから、寝てしまっても。」
最後まで言わずに山内さんの腕を掴む。

「アパートは、引き払われてしまって…。」

「ずっと鳴っているスマホの人?」

スマホの事も玲くんの事もインターフォンの美人の方の事も…全部忘れていたのに思い出してしまった。
「・・・。」何も言えずコクンと頷く。

「此処にいても体調が悪化してしまうから。
 気持ちが落ち着くまで僕の家に行きましょう。」

掴んでいた力を強め首を横に振る。
そんなこと出来ない。
そこまでしてもらう事は出来ないよ。

「じゃ、病院に行きましょう。
 ちょうどタクシーも到着しましたから。
 立てますか?
 ゆっくりで大丈夫ですから歩いて。」

「ありがとう…ござい…ます」
立ち上がる時に然り気無くマスクをしてくれる山内さんの優しさに泣きそうになる。
これ以上の迷惑は掛けられないので涙は堪える。
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