推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
「今日はお弁当を作りすぎてしまって。良かったら一緒に食べないかな?」
 

 言った! 言ってやった! しかし少し恥ずかしくなってきた。あれ、何だか耳まで赤い気がする。小さな西浦さんを見下げてジッと見つめていた俺は、スッと視線を逸らしてしまう。
 
 
「お茶、入れてきます……」
 
 
 ぶっきら棒に答えた西浦さんは顔を隠すようにしている。これは一緒に食べられるということで良いのか? 俺は「はぁ……」と聞こえないように溜め息を吐く。「ありがとう。俺はお弁当を取ってくるよ」と俺は自分の席にお弁当を取りに行った。急いで会議室に戻りお弁当を並べようとした時に、背後からゾクッとした何かを感じた俺は、バッと背後を振り返る。
 
 
「浮田課長ぅ? ここにいらっしゃいますよね?」
 
 
 入り口のドアが開き、ヌーッと顔を出したのは総務課の新藤さんだった。
 
 
「課長ぅ、お昼はどうされるんですか? 良かったら一緒に食べません?」
 
 
 彼女は香水の匂いがキツい。スメハラというやつなのだが、男性陣は特に「臭い」とは言っていないので、俺だけが不快に思っているのだろう。俺はジリジリと後退りしながら「新藤さん……、ちょっと先約が」と返してみる。しかし新藤さんは「先約ぅですか? イイじゃないですか、そっちを断れば」と、更に距離を詰めてきた。彼女のプックリとしたアヒル口が薄ら開き、小さな舌が隙間から伸びてくる。それはチョロっと唇を舐めて口内に戻るを繰り返す。
 
 
――く、喰われる! 助けてくれ!
 
 
「新藤さん! 第一会議室で午後からの会議があるでしょう? あの部屋のプロジェクターの調子が悪いから、会議の前に直して欲しいって部長が言ってたわよ。聞いていたでしょ?」
 
  
 神の声が聞こえたかと思った。俺を押し倒しそうな勢いだった新藤さんは、「チッ」と可愛い顔からは想像できない邪悪な顔を見せて舌打ちしたのだった。
 
 
「ハイハイ、わかりましたぁ!」
 
 
 新藤さんは会議室から消えて行った。
 
 
「た、助かったよ」
 
 
 俺は救いの神、西浦さんを見つめていた。するとカチャリという音がして、西浦さんが会議室のドアの鍵を閉めたのが分かる。何故閉めたのだろう……。え? ご褒美、いやお仕置きをされるのか? 

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