伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
「グルゥゥゥ」

「ミルヒ……」

 体は子犬のままなのに、中身はすっかり変わってしまったようだ。

 低いうなり声を上げながらエレナを威嚇している。

「ミルヒ、どうしたのですか? 苦しいのですか?」

 さっきまでのうずきも火照りも、噛まれた指の痛みでどこかへ吹き飛んでいた。

 手を伸ばして頭をなでようとすると、牙を剥き出しにして吠える。

「ガウッ! ガウガウ!」

「どうしたのですか。まるでわたくしを憎んでいるみたいではありませんか」

 話しかけると、そうだと言わんばかりにガウッと吠える。

「なぜですか。わたくしがあなたに何をしたというのですか」

 凶暴になったのは青い実の毒のせいかもしれない。

 抱き寄せてやればまたいつものように甘えた声を上げて落ち着いてくれるだろうか。

「さあ、屋敷へ戻りましょう。少し休めばきっと毒も抜けて落ち着くでしょう」

 しかし、ミルヒは毛を逆立てながらうなるのを止めない。

「ミルヒ、さあ……」

 手を差し伸べたエレナにミルヒが飛びかかってきた。

「ガウッ! ガルル、ガウガウ!」

 体重と勢いで押し倒されて、ガブリと左手を噛まれる。

 あまりの痛みに、エレナは声を上げることすらできなかった。

 前足で胸を押さえつけられて、逃げることもできない。

 小さな子犬のはずなのに、巨大な熊のような力だ。

 お母様、お助けください!

 エレナは天に祈った。

 すると、子犬の口の中が光り始めた。

 牙の間から青い光があふれ出てくる。

 エレナの手と一緒にかみついたサファイアが光を放っているのだった。

 クゥン……。

 急におとなしくなった子犬が口を開けてエレナから飛び退く。

 血にまみれた左手を右手で押さえながら彼女はミルヒに話しかけた。

「いいのですよ。ママは怒っていませんよ」

 そして、微笑みを浮かべて両手を広げて見せた。

「おいで」

 ミルヒはおびえたような表情で後ずさる。

「どうしたの? おいで」

 ウォオオオーン!

 どこからか遠吠えが聞こえてくる。

 ミルヒの耳が立つ。

 ウォオオオーン!

 別のところからもだ。

 ミルヒがピクリと向きを変えた。

 ウォオオオーン!

 ウォオオオーン!

 どんどん数が増えていく。

 まっすぐ脚を伸ばしてミルヒは天に向かって顔を上げた。

「ウォオオオーン!」

 小さな体から出ているとは思えないほどの遠吠えが闇に鳴り響く。

 周囲の声がピタリとやんで、闇が固まったように静かになる。

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