伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
「では、どうして姿が見えないのでしょうか」

「冥界だからだ」

「冥界では何も見えないのですか?」

 返事がない。

「明かりをつけてもらえませんか」

「おまえがつければいい」

 ランプもろうそくもないのに、どうやったらいいのだろうか。

「唱えろ」

「何をですか?」

「おまえの望むことを」

 明かりをつけてほしい、と?

 エレナはラテン語を唱えた。

「フィアトルクス」

 光あれ!

 大げさかと思ったが、他に言葉を思いつかなかったのだ。

 だが、言葉を唱えた瞬間、目の前に人の姿が現れた。

 周囲は暗闇のままなのに人の姿だけが浮き上がって見える。

 なんだか夢の世界を見ているようだ。

 現れたのは黒いマントに身を包んだ背の高い若い男だ。

 肌につやがあり、目鼻立ちのスッキリしたなかなかの美男子だ。

 まわりの暗黒は変わらなくても、人の姿が見えただけで、エレナは泣きそうなほどうれしかった。

「よかった。やっと人と会えて」

「俺は人ではない」

「ああ、悪魔だからですか」

「悪魔ではない。冥界の帝王だ」

 違いがよく分からない。

「わたくしはエレナと申します。あなたは?」

「だから冥界の帝王だ」

「それは称号でございましょう。お名前をお聞かせ下さい」

「だから冥界の帝王だと言っているではないか」

 ええと、どうしたらよいのでしょうか。

 やっと出会えたというのに、少々面倒な御方のようですわね。

「面倒ではない。事実を言っているだけだ」

 どうやら思ったことはなんでも見透かされてしまうらしい。

 そういう能力があるところはいかにも冥界の帝王らしい。

「冥界に帝王は俺一人だからな。名前は必要ない」

 それはそうかもしれない。

 家来たちは直接名前を呼ぶのを遠慮して『陛下』と呼ぶのだろうし。

「それでは、陛下とお呼びすればよろしいでしょうか」

「好きにしろ。何と呼んだところで問題ではない。ここには俺とおまえしかいないのだからな。おまえが好きなように呼べ」

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