伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
 あるとき、いつものようにルクスがゴキブリの姿に変身して(というより本来の姿に戻って?)地上へ罪人を探しに行って不在のとき、屋敷の中に不思議な匂いが漂い始めた。

 何かを煮込んだ料理のようないい香りだ。

 掃除をしていたエレナは久しぶりに食欲を思い出して、その匂いのする方へ近づいていった。

 キッチンの扉が少しだけ開いていて、その隙間から何か物音が聞こえてくる。

 誰かいる。

 箒の柄をぎゅっと握りしめると、エレナはそっと歩み寄っていった。

 調理の物音に交じってリズムも調子もめちゃくちゃな鼻歌が聞こえる。

 音痴にもほどがある。

 聞いていると頭が痛くなりそうなほどだ。

 耳を塞ぎたくなるようなひどい歌だが、ただそれは聞き覚えのある声だった。

 エレナは扉をノックして中をのぞき込んだ。

「やはりあなたでしたか」

 キッチンで料理をしているのは鏡の中にいたあの妖魔だった。

 あいかわらず白塗りの顔に奇抜な頬紅の化粧が目を引く。

「はあぃ、元気ぃ?」と、鍋をかき混ぜながら陽気に挨拶をしてくる。

 その様子からエレナは少し警戒心を解いて挨拶を返した。

「まあまあですわね。のんびり暮らしてますわ。それにしても、どうしてあなたがここに?」

「どうしてって、どういう意味よ?」

「鏡の中にいたではありませんか」

「だって、あんたが割っちゃったんじゃん。あたしの居場所がなくなっちゃって、しかたがないから出てきたんですけどぉ。悪い?」

 と言われてしまうと、なんとも言い様がない。

「べつにいいじゃん。どうせ、あたしはあんただし、あんたはあたしなんだし」

「またそれですか。わたくしとあなたは違うと言っているではありませんか。」

「みんなそう言うのよね。鏡に映る自分を見て、あたしはこんなんじゃないとかって。なんかチョー失礼じゃない?」

「でも、顔が全然違いますし……」

「体も違うもんね。ぷークスクス」

 言葉にかぶせるように笑われてしまう。

 どうも弱点を握られてしまったらしい。

 悔しいけど言い返せない。

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