愛がなくても、生きていける
「お母さん!来たよ、沙智だよ!」
私の声に看護師さん達も私が来たことに気づき、枕元に向かうように促してくれる。
私は母の枕元で、その痩せた皺だらけの手をぎゅっと握った。
「お母さんごめんね、今日お花持ってきてなくて……でも次はもっと立派なお花、ちゃんと持ってくるから!だから、待っててくれなきゃやだよ」
だから、いかないで。
まだもう少しだけ、ここにいて。
そう願うように、手を握る手に力を込めると
「……さ、ち……」
本当にわずかな力を絞り出すように、その掠れた小さな声が名前を呼んだ。
「お母さんっ……」
顔を上げると、母はもう開かない目でそっと微笑む。
昔から変わらない、大好きなその笑顔に私も笑って応えようとした……その瞬間。
ピーー……と無機質な機械の音が響き、その全身から力が抜けたのを感じた。
「……15時23分、ご臨終です」
先生のその言葉に、この瞬間がついに来てしまったのだと知る。
だけどまだ、微かにぬくもりが残るこの手は離せない。
「やだ……いやだよ、お母さん、行かないで……」
もう握り返してくれることも、名前を呼んでくれることも、微笑むこともない。
わかっていても、認めたくなんてない。
ひとりに、なってしまった。
たったひとりの母にすら、なにもできないまま。
母を看取ったあとも、私は病室でひたすら涙を流し続けた。
もう一生分泣いたんじゃないかと思うくらい泣き続けて、泣き止んだら次はただ呆然とするしかなかった。
これから、どうすればいい?
なにをしなくちゃいけない?
葬儀の段取り、親族への連絡、退院の手続き、遺品整理……あぁ、職場にも連絡しなくちゃ。
そう思うのに、頭が回らない。気力がついていかない。
看護師さんから、一度落ち着くようにと通された相談室で、私はひとりぼんやりと白いテーブルを眺めるしかできずにいた。
「沙智ちゃん!」
するとそこへ駆け込んできたのは、母の妹である私の叔母だ。
母とはあまり似ていないふくよかな見た目をした叔母は、私の顔を見るとすぐに私を抱きしめた。