エセ・ストラテジストは、奔走する
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「…た、だいま。」
誰もいないと分かっていてもそう返事をするのはどこか日課になってしまった。
暗闇の中、靴を脱ぎながら壁に手を伝わせれば、すぐスイッチを見つけられるのも日課だ。
ぱち、と電気をつけたらそこには見慣れすぎた自分の部屋が広がっている。
狭くて古い。
壁にはきっと何代も前の住人が残した染みなんかも残っている。
例えばドラマや漫画で出てくるような東京OLが過ごす、壁にはファブリックボードがあって、小棚にドライフラワーが飾ってあって、洒落た洋服ラック、北欧っぽいクッションやリネン。
そんな素敵な空間とはかけ離れている。
それでも東京とは恐ろしい場所で、家賃は地元では考えられないくらいに高い。
派遣から1年前に漸く正社員になった私には、引越しをする余裕なんて、まだもちろん無い。
上京してきた時は、もっともっと苦しかった。
もう家賃3万くらいのお風呂なしいわくつき物件でも良いやとさえ、考えていたから、
「古くても必ず2階以上、駅まで徒歩5分圏内、
オートロック付」
わざわざ東京で働くと言うならと、父から出された条件を聞いた時は目をひん剥いた。
だけど、派遣の給料でそんな良い物件に住んで暮らしていけ無いと途方にくれていたら、母がこっそり“軍資金“を渡してくれた。
それを少しずつ、大切に使いながら、それでも苦しかったけど、なんとかやってきた。
正社員になれた今、少しずつ余裕もできて貯めたお金は、後々、どれほど時間がかかっても母に必ず返さなければならない。
こんなこと茅人には勿論、何も伝えていない。
どんな反応をされるのか考えることさえ躊躇われる臆病者が、心の中を支配している。
私は、もうずっと前から。
自分の気持ちと、彼の気持ちを、
天秤にかけることが出来ずにいる。