その男『D』につき~初恋は独占欲を拗らせる~
彼は総務部に異動する前は営業部にいたらしく、契約を持ちかけたときから何かと良く話しかけてきた。
本当はまた営業に戻りたいのに、と愚痴をこぼしていたこともある。
『親しみやすい』と『馴れ馴れしい』は紙一重だが線引を間違えてはいけないところだ。正直彼は営業に戻ったところで良い成績は出ないだろうと勝手に思っている。
「お世話になっております」
「いえ、ではご案内しま……、え、朱音?」
失礼なことを考えていたのをおくびにも出さずに頭を下げると、同じく会釈を返してきた佐藤の視線が俺を通り越して後ろに立つ朱音ちゃんに釘付けになった。
ここが彼女の元職場だというのなら、大きくない会社だし殆どが顔見知りだろう。
だが先程から漂う居心地の悪い空気、朱音ちゃんの怯えるような表情を見れば、円満退職ではなかったと容易に想像できた。
そして『朱音』と名前で呼ぶこの男が、彼女とどんな関係だったのかも。
その思考に辿り着くと、身体の中でどす黒いものが猛烈に渦巻き、胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。
細めた目の前が薄暗くなり、喉が焼け付くように痛む。朝はいつも通りコーヒーだけで済ませたというのに、胸焼けのように気分が悪い。
二日酔いの時ですらこんな風になったことはない。得体の知れない感情で指先が震えるのを、手のひらに爪を立てながら拳を握ることでぐっと堪える。