冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「帰国後の就職先を直前になって変更したのは、あなたたちの存在が原因でしょ? それ以外考えられないわ」

 本人に確認したわけではないから、真偽のほどはわからないがわたしたちが影響を及ぼしたと考えるのが妥当だ。

「全部あなたの身勝手が発端でしょ? だから彼を巻き込まないで。子供はあなたが勝手に産んだんでしょ? だったらあなたがひとりで責任を持つべきよ」

 彼女の言葉が胸に刺さって、言葉が出ない。彼女の言っていることがすべて間違っているわけではない。だからこそこんなにわたしが傷ついてしまうのだろう。

 黙りこくるわたしを彼女は鼻で笑う。

「君島くんのこれからのこと考えてちょうだい。どうすればいいかそれくらいあなたにもわかるわよね?」

 そう言われてもどうするべきなのか。すぐにわからない。

「彼はわたしみたいに一緒に夢を追いかけられる相手じゃないとダメなの。あなたが足をひっぱっているの。一刻も早く彼の前から消えなさい」

 捨て台詞を投げつけて彼女は颯爽と歩いていった。その姿を黙って見送る。しばらく放心状態でその場に立ち竦んだ。

 駅前の時計が十九時ちょうどになり、ベルが鳴った。そこで我に返ったわたしはやっと動き出す。

「悠翔……悠翔迎えに行かなきゃ」

 とっさに頭に思い浮かんだのは、悠翔の顔だった。

 わたしは考えることを拒否した。そしてただひたすら悠翔に会うことだけを考えた。



 すでに実家で食事を済ませていた悠翔をアパートに連れて帰り、お風呂に入れて寝かしつける。いつもなら悠翔が寝たらベッドから抜け出してあれこれするけれど、今日はそんな力が一ミリもわいてこなかった。

 西尾さんの言った言葉が頭の中をぐるぐるする。

 わたしが悠翔を翔平に黙って産んだ理由は彼の足かせになりたくなかったから。それなのに結局わたしの恐れていた状況になってしまっていた。

 翔平は優しいから、責任を感じてしまって、自分の進むべき道を諦めてしまった。彼にそんな選択をさせるくらいなら、ひとりで産むと三年前のあのとき決心したのに。

 結局翔平を前にしたら、その決意はもろく崩れてしまった。そしてまた彼を好きになっている自分がいる。また三年前と同じ気持ち、いやあのときよりもっと翔平のことを好きになってしまっている。

 今さら再会する前に戻れないよ……。
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