冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 本当はわかっている。誰も悪くないって、悠翔が熱で苦しんでいるのにこんなことを思う自分が嫌になる。もしかしたら朝の時点でなにかサインを出していたのかもしれない。けれど今日は朝から面接のことで頭がいっぱいだった。だからそのサインを見落としていたのかもしれない。

 悔しい、諦めたくない。でも……チャンスはまたある。悠翔のことだけは他のなににも代えられない。スマートフォンを握りしめて、課長のところへ早退の申し出と、試験の辞退を伝えようと立ち上がった。そのとき、手の中でスマートフォンが震える。また保育園だろうか、まさか悠翔の容態が!?

 慌てて電話に出たわたしが聞いたのは、翔平の声だった。

《もしもし、瑠衣》

 スマートフォンから聞こえる声。それを聞いた瞬間涙があふれそうになって慌てて非常階段に移動した。

《おい、どうかしたのか。瑠衣》

 通話状態になっているのに、返事をしないわたしを心配した翔平の焦った声が聞こえる。

「ねえ、なんで……なんで今電話してくるのよぉ……」

 落ち込んでいて悔しくて、そんな感情のまま事情のわからない翔平に当たる。

《なんでって……試験だろ、もうすぐ。頑張れって言おうと思って》

「……っ、ふっ」

 悠翔はなににも代えられないとさっき自分を納得させたはずなのに、試験に挑戦できないことを思い出すと悔しくて仕方ない。この日のために企画書を作り、課長や同じ部署の人に添削もしてもらった。寝る間を惜しんで家でも頑張った。それが全部無駄になるような気がした。

《おい、なんで泣いてる? なにがあった?》

「なんでもない、翔平には関係のないことだから」

 そうだ、これはわたしが解決しなくてはいけないことだ。こんなところで泣いてるわけにはいかない。

《なんだよそれ。瑠衣が泣いてるのに、俺に関係ないわけないだろ》

「え……?」

《俺は自分の愛している女が泣いていても関係ないなんて到底思えない。だからちゃんと話をするんだ》

 胸が押しつぶされそうだった。西尾さんの言葉が頭に浮かんだ。でも……今どうしても翔平に聞いてもらいたい。そうすれば少しだけでも心が前向きになる言葉をもらえるかもしれない。

「悠翔が……熱を出して……お迎えに行かなきゃ」

《悠翔が熱、大丈夫なのか?》

「他の症状はないみたいだけど……」

《違う、瑠衣のことだよ。試験は? 後で受けられるのか?》
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