冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「……っ、今年はダメだと思う。でもまた来年――」

 悔しいけれど仕方のないことだ。また頑張ればいい。

《わかった。俺が迎えに行く。看病は俺の専売特許だしな》

「なに言って、仕事は?」

 翔平の言葉にわたしは驚いた。診察に穴をあけることなんてできない。患者さんがたくさん待っているのだ。

《大丈夫。今日は午後から勉強会だから欠席しても他の先生も出席するし問題ない。それより俺だって悠翔の父親なんだ、どうして俺に連絡をくれなかったんだ。いや、待て。今そんな話をしてる場合じゃないよな》

 時計を確認すると試験まであと三十分だ。

《とにかく俺は悠翔を迎えに行く。必要なら診察も受けさせる。だから瑠衣は試験に集中して。頑張れ、瑠衣》

「翔平……っ。ありがとう」

 わたしは電話を切った後、両手で顔を覆って涙を閉じ込めた。そしてすぐにロッカーに向かってメイクポーチを取り出す。試験まであと二十五分。わたしは鏡の前に立った。



 三人の面接官。対するわたしはこれまでに感じたことのないほどの緊張感をもって面接に臨んでいた。

 翔平がくれたチャンスだから、絶対に無駄にしたくない。そういう思いがわたしの中にあった。

「山科さん。あなたの企画大変よくできていました。ここからは少し細かい話を聞いても?」

 企画部の部長は五十代の男性だが物腰が柔らかく、何度か話をしたことがある人だ。

「はい」

「今回のターゲットを二十代から三十代の働くママにしたのはなぜ?」

「それは、わたし自身シングルマザーとして子育てをしていて、改めて化粧品が女性に及ぼす影響を感じたからです」

「ふーん、それは具体的にどういうこと?」

 男性の面接官にもわかりやすいように伝える。

「子供を産んで育てて仕事をしてってなると、自分の優先順位がひとりのときに比べてものすごく後回しになるんです。出産でホルモンのバランスが変わったり時間が取れなかったりで、わたしも鏡に映る自分の顔を見てため息をついたことは一度や二度じゃありません」

 わたしの言葉に面接官も顔をほころばせた。

「いつも全力で綺麗でいることは難しくなりました。でも……ここぞというときにするメイクはいつもわたしの背筋をピンと伸ばしてくれました。口紅一本塗ることで自分に自信が持てる。そういう機会をたくさんの女性に感じてもらいたいんです」
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