あまいお菓子にコルセットはいかが?
紅葉も終わり肌寒い日が続く。ケープに手袋を着込んだコレットは友人のカロリーヌを誘い、城の植物園へと出かけた。
「城にそんな公共施設があるのね。知らなかったわ」
「私もよ。父に聞いたら一部の方々しか利用できないようにしていると言われたわ。それに、アンリの上官が保証人に名乗り出てくれたおかげで、すぐに利用許可証が発行されたのだけど、伯爵家なら一ヶ月くらいはかかっただろうと言われたの」
不審者を招き入れないための審査項目が非常に多いのだという。
今回は信用に足る公爵子息の紹介のおかげで全てパスできたらしい。
「幸運だったわね。ちなみにそんな場所に子爵令嬢なんかを誘って大丈夫だったの?」
「同伴者は入り口で名前を書けば入れてもらえるそうよ。カロリーヌなら問題ないわ」
唯一無二の友人であり、その人柄はコレットが責任をもって保証する。彼女の家格が低くてもコレットの同伴者扱いなので問題ないのだ。
「植物園に入る前に少しだけ寄り道させてちょうだい。軍に差し入れを届けたいの」
この利用許可証は非常に貴重でかつコレットにとって有益なものとなった。
ゆえにコレットはフランシスにお礼を届けることにしたのだった。
前回と同じく受付係に弟のアンリを指名した。用事を聞かれたので、連絡なしにフランシスへのお礼と差し入れを持ってきたのだと伝えて品物を渡すと、受付係は意味深な顔で、差し入れを持ってどこかへ運んでいった。
しばらくすると、アンリと何故かフランシスまで顔を出したのである。
「姉さん、もしかして一人で来たりしていないよね」
「ミアとカロリーヌも一緒よ。二人はあちらのベンチで待たせてあるわ。利用許可証のお礼を渡したくて少しだけ寄ったのよ」
少し離れた木陰で待機しているカロリーヌとミアを視界に捉え、アンリは溜息をついた。
「一人じゃないならいいけど。それでも十分に用心してよね」
「大丈夫よ。外出は必ずミアも一緒に連れていくから」
会うたびにコレットの身辺を心配するアンリである。
大変身を遂げ、またちょっとした醜聞付きで婚約を解消したコレットに興味を持つ輩は多い。ゆえに目的のある外出ですら、本音を言えば控えてほしいと思っていたのである。
「あまり姉君を困らせてやるな、アンリ。こんにちはコレット。今日はどちらへ?」
「今日は友人と一緒に植物園へ行くことにしたのです。フランシス様に利用許可証を頂けて本当に助かりました。ささやかですがお礼に差し入れをお持ちしましたので、皆さまで召し上がってください」
「先ほど受付係から貰いました。美味しそうなパウンドケーキとカップケーキですね。寄宿舎の食事は甘味が出ませんから、前回の差し入れも、皆とても喜んでいましたよ」
「喜んでもらえて光栄ですわ」
シルフォン家の料理人が、コレットやアンリの舌を長年虜にしてきた自慢の焼き菓子である。
満面の笑みを浮かべるフランシスの横では、アンリが悔しそうな顔をしているので、きっと我慢できずに口にしてしまったのだろう
(ふふふ。アンリもお菓子の誘惑に翻弄されるといいわ)
弟にちょっかいをかけたいのも、また姉心であった。
フランシスとアンリに別れを告げ、コレットは、カロリーヌとミアとともに植物園へと足を向ける。
温室の中は暖かく、区画ごとに様式を変え、テーマに合った植物が仕付けられている。薔薇を中心に植えられた区画は、白いベンチや小さな噴水まであり、非常に優雅でロマンティックな様相である。植物園というよりは、まるで――
「デートスポットのようね。そういった目的も兼ねているのかしら」
「そ、そうかもしれないわね」
「まあ、高貴な方々の逢引場には、もってこいかもしれないわね」
純粋に運動と植物を愛でる目的を掲げていたコレットは、何とも言えない羞恥に駆られた。
どうか知り合いカップルには遭遇しませんようにと願うばかりである。
「それにしても、ここの利用許可証を発行してくれた上官て、弟君の横に立っていた方なのよね」
「そうだけど」
「脈ありじゃない? コレットのためにわざわざ仕事中に中抜けしてきてくれたのでしょう? 利用許可証の保証人にまでなってくれたのだし」
「まさか。私なんかを好いてくれる方ではないわ。アンリに良くしてくださる延長よ」
「そうかしら。その気がないなら、変な誤解を招かないように顔を出さないのが普通だと思うけど」
確かに二回ともアンリを呼び出しただけで、フランシスを呼び出してはいなかった。ならフランシスは自らの意志でコレットに会いに来てくれたことになるのだ。
その事実を指摘し、ウキウキと恋のはじまりをほのめかすカロリーヌとは対照的に、コレットの顔には影が差す。
公爵家の舞踏会後半、あの記憶が曖昧だったあいだに、きっと酷い醜態をさらし同情を買ったのだろうと投げやりな気持ちになったのだ。
「私みたいな醜聞まみれな令嬢はね、ほとぼりが冷めるまで誰からも相手にされるわけないのよ」
「なら、華麗なる変身を遂げた噂で塗り替えてやりましょう! さぁ歩くわよ」
「うう。世の中が憎い。幸せな人を見るのがつらいわ……」
完全に暗黒面に心を持っていかれたコレットの手をとると、カロリーヌは軽快に歩き始めた。
植物園の区画を順に回っていき、グルグルと周回しながら歩数を稼いでいったのだった。
「城にそんな公共施設があるのね。知らなかったわ」
「私もよ。父に聞いたら一部の方々しか利用できないようにしていると言われたわ。それに、アンリの上官が保証人に名乗り出てくれたおかげで、すぐに利用許可証が発行されたのだけど、伯爵家なら一ヶ月くらいはかかっただろうと言われたの」
不審者を招き入れないための審査項目が非常に多いのだという。
今回は信用に足る公爵子息の紹介のおかげで全てパスできたらしい。
「幸運だったわね。ちなみにそんな場所に子爵令嬢なんかを誘って大丈夫だったの?」
「同伴者は入り口で名前を書けば入れてもらえるそうよ。カロリーヌなら問題ないわ」
唯一無二の友人であり、その人柄はコレットが責任をもって保証する。彼女の家格が低くてもコレットの同伴者扱いなので問題ないのだ。
「植物園に入る前に少しだけ寄り道させてちょうだい。軍に差し入れを届けたいの」
この利用許可証は非常に貴重でかつコレットにとって有益なものとなった。
ゆえにコレットはフランシスにお礼を届けることにしたのだった。
前回と同じく受付係に弟のアンリを指名した。用事を聞かれたので、連絡なしにフランシスへのお礼と差し入れを持ってきたのだと伝えて品物を渡すと、受付係は意味深な顔で、差し入れを持ってどこかへ運んでいった。
しばらくすると、アンリと何故かフランシスまで顔を出したのである。
「姉さん、もしかして一人で来たりしていないよね」
「ミアとカロリーヌも一緒よ。二人はあちらのベンチで待たせてあるわ。利用許可証のお礼を渡したくて少しだけ寄ったのよ」
少し離れた木陰で待機しているカロリーヌとミアを視界に捉え、アンリは溜息をついた。
「一人じゃないならいいけど。それでも十分に用心してよね」
「大丈夫よ。外出は必ずミアも一緒に連れていくから」
会うたびにコレットの身辺を心配するアンリである。
大変身を遂げ、またちょっとした醜聞付きで婚約を解消したコレットに興味を持つ輩は多い。ゆえに目的のある外出ですら、本音を言えば控えてほしいと思っていたのである。
「あまり姉君を困らせてやるな、アンリ。こんにちはコレット。今日はどちらへ?」
「今日は友人と一緒に植物園へ行くことにしたのです。フランシス様に利用許可証を頂けて本当に助かりました。ささやかですがお礼に差し入れをお持ちしましたので、皆さまで召し上がってください」
「先ほど受付係から貰いました。美味しそうなパウンドケーキとカップケーキですね。寄宿舎の食事は甘味が出ませんから、前回の差し入れも、皆とても喜んでいましたよ」
「喜んでもらえて光栄ですわ」
シルフォン家の料理人が、コレットやアンリの舌を長年虜にしてきた自慢の焼き菓子である。
満面の笑みを浮かべるフランシスの横では、アンリが悔しそうな顔をしているので、きっと我慢できずに口にしてしまったのだろう
(ふふふ。アンリもお菓子の誘惑に翻弄されるといいわ)
弟にちょっかいをかけたいのも、また姉心であった。
フランシスとアンリに別れを告げ、コレットは、カロリーヌとミアとともに植物園へと足を向ける。
温室の中は暖かく、区画ごとに様式を変え、テーマに合った植物が仕付けられている。薔薇を中心に植えられた区画は、白いベンチや小さな噴水まであり、非常に優雅でロマンティックな様相である。植物園というよりは、まるで――
「デートスポットのようね。そういった目的も兼ねているのかしら」
「そ、そうかもしれないわね」
「まあ、高貴な方々の逢引場には、もってこいかもしれないわね」
純粋に運動と植物を愛でる目的を掲げていたコレットは、何とも言えない羞恥に駆られた。
どうか知り合いカップルには遭遇しませんようにと願うばかりである。
「それにしても、ここの利用許可証を発行してくれた上官て、弟君の横に立っていた方なのよね」
「そうだけど」
「脈ありじゃない? コレットのためにわざわざ仕事中に中抜けしてきてくれたのでしょう? 利用許可証の保証人にまでなってくれたのだし」
「まさか。私なんかを好いてくれる方ではないわ。アンリに良くしてくださる延長よ」
「そうかしら。その気がないなら、変な誤解を招かないように顔を出さないのが普通だと思うけど」
確かに二回ともアンリを呼び出しただけで、フランシスを呼び出してはいなかった。ならフランシスは自らの意志でコレットに会いに来てくれたことになるのだ。
その事実を指摘し、ウキウキと恋のはじまりをほのめかすカロリーヌとは対照的に、コレットの顔には影が差す。
公爵家の舞踏会後半、あの記憶が曖昧だったあいだに、きっと酷い醜態をさらし同情を買ったのだろうと投げやりな気持ちになったのだ。
「私みたいな醜聞まみれな令嬢はね、ほとぼりが冷めるまで誰からも相手にされるわけないのよ」
「なら、華麗なる変身を遂げた噂で塗り替えてやりましょう! さぁ歩くわよ」
「うう。世の中が憎い。幸せな人を見るのがつらいわ……」
完全に暗黒面に心を持っていかれたコレットの手をとると、カロリーヌは軽快に歩き始めた。
植物園の区画を順に回っていき、グルグルと周回しながら歩数を稼いでいったのだった。