あまいお菓子にコルセットはいかが?
 新しい年を迎えた最初の舞踏会前日。コレットはカロリーヌとミア監修の元、真新しいドレスと装飾品を選び明日の支度のチェックをしていた。ランジェリーはしっかりとコレットの体を支え、コルセットは極限まで締め上げられる。

 おそるおそる着用したドレスは、どこにも引っ掛かることなくスルスルとあがった。

「――っ! やりましたわ! 私はついに体型を戻すことに成功したのです!」

 コレットは、はしたなくも両手を万歳して喜んだ。ただ、カロリーヌもミアもその行動を一切咎めはしない。ここ一ヶ月のコレットは自分を律して前向きに努力していたからである。

「やればできるのだから、最初から努力しなさいよ」

「コレット様、油断は禁物ですよ。舞踏会では必要以上に食べ物を摂取してはいけません」

「ええ! 食べるのは舞踏会シーズンが終わってからよね」

 そういうことではない、とカロリーヌとミアはコレットに冷たい視線を送る。
 兎にも角にも明日の舞踏会では、カロリーヌの最新作のドレスで参列できることに、コレットは胸をなでおろしたのである。

 ◇◆◇◆

 アンリのエスコートで、舞踏会の会場に足を踏み入れる。久々の社交界にコレットは少しだけ緊張していた。

「なんだか視線を感じるわ。やはり婚約解消の影響かしら」

「南領の貴族ばかりだから僕らの知り合いなんていないよ。それに、綺麗に着飾った令嬢が入場したら、男はみんな視線を向けるものだよ」

「もう、またからかって。そういうことは、早くパートナーを見つけて、その方に言ってあげてちょうだい」

「別にいいだろう? それに、まだパートナーは当分作る気はないんだ。僕はまだまだ鍛えたりないからね」

 程よい緊張感の中で会話を楽しむ余裕があるのは、なんとも喜ばしいことである。主催に挨拶を済ませると、頃合いを見て姉弟はダンスフロアで一曲踊った。

「アンリ! 背中に羽が生えたように軽いわ」

「そうだね。僕もステップが軽やかで驚いているよ」

 大変身する前、意外にもダンスはそれなりに踊れていた二人である。あまり会場で踊る機会には恵まれなかったが、その分、邸のボールルームで姉弟は良くダンスのレッスンを受けていた。
 踊り慣れた曲でも、痩せればその楽しさは倍増であった。

 曲が終わり、乾いたのどを潤しながら二人仲良く談笑していると、会場入り口から入場してきたフランシスの姿が見えた。今到着したところらしく、着いてすぐに年頃のご令嬢達に囲まれてしまっていた。

「――フランシス様はご令嬢に人気があるのね」

「上官は婚約者がいないからね。家格も公爵で嫡男だし、狙っている令嬢は多いよ。ファンの子から差し入れが届くぐらい人気があるんだ」

「そう、婚約者がいらっしゃらないなんて、不思議ね」

「うん……とっても人気があるからね、姉さんも混ざってくる?」

 アンリとしては、情報に反応してコレットが焦ってくれることを期待していた。
 アンリから見ればコレットもフランシスも、互いのことを憎からず思っているように見えたのだ。ついでに姉をからかってみたいという悪戯心も少しはあったりする。

「ねえアンリ、この後の曲で、もう一度一緒に踊ってくれないかしら? 好きな曲なのよ」

「いいけど。……あとで上官への挨拶は付き合ってよね」

 ちっとも焦らないコレットの反応に、アンリはがっかりする。
 けれど、コレットは内心焦っていた。ただ弟であるアンリの前で焦っていることがバレたくないという姉心により、平気なふりをしていただけだった。
 二人は次の曲も手を取り合って軽やかに踊り出す。コレットが片手を離し半回転して挑発すれば、アンリが応戦するようにコレットを引き寄せる。

「姉さん、やる気高めだね」

「だって、こんなに体が軽いと、楽しみたいじゃない?」

「まあ、気持ちはわかるかな。では遠慮なく」

 今度はアンリがコレットを進行方向へ誘導し、腰に手を回して足を引く。コレットも片足を引いてバランスを取りポージングを決めた。少々ふざけ合いながらも、姉弟は楽しんでダンスを踊り終わる。だいぶはしゃいだせいか少々息も上がっていた。


「こんばんは、アンリ、コレット。二人とも目立っていたよ。お蔭で直ぐに見つけることができた」

 戻るとすぐにフランシスが二人に声をかける。周囲には先ほどまで彼に群がっていた令嬢たちは見当たらなかった。
 不思議に思ったコレットが周囲を見渡すと、すぐに遠巻きにこちらを睨んでいる集団を見つけてしまい、思わず目を逸らす。

「こんばんは、上官。恥ずかしながら姉に張り合って、つい夢中で踊ってしまいました」

「ああ、凄く楽しそうだったよ。羨ましい限りだ。次は私と踊っていただけますか?」

「はい、喜んで」

 フランシスの手をとり、コレットは再びダンスフロアへと歩いていく。

(散歩と乗馬で体力作りをしておいてよかったわ。少し息切れてしているけど、次の曲ならゆっくりだし大丈夫よね)

 コレットはフランシスの肩に手を添える。その肩は一つ年下で成長途中なアンリと違い厚みがあった。

 曲が始まりゆっくりとステップを踏み出す。コレットの体を支えるシーンでは、腰に回された腕から、フランシスの体幹がしっかりとしているのが伝わってくる。がっしりと仕上がった成人男性の体は、遠慮なく踊れそうだとコレットは密かに喜んだのだった。

 曲がすすみ互いの調子が分ってくると余裕が生まれる。コレットは忘れる前にとフランシスにプレゼントのお礼を伝えることにした。

「フランシス様、プレゼントありがとうございました。頂いた日から毎日愛用しています」

「気に入ってもらえたなら、良かった。――その、気持ちの整理はつきましたか?」

「はい。時々思い出して胸が苦しくなることもありますが、大分前向きになりました」

「あの日は、様子が少しおかしかったから、心配した」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」

 清々しい気持ちで笑えることに、コレットも驚いていた。だから、きっともう大丈夫なのだろうと心から思うことができたのだ。

 曲調が変わり、少しだけテンポが速くなる。ターンしながら、二人の会話は続く。

「フランシス様、あのプレゼントはどのように選ばれたのですか?」

 コレットすら気付いていなかった要求を、見事に当てたプレゼントである。どうして分かったのか不思議で仕方なかった。

「――身内で、同じように痩せて寒さが堪えると言っていたのを聞いたことがあるんだ。今の季節なら喜ばれるだろうと思って選ばせてもらった」

「ええ、とっても感激しました。では、あのメッセージは?」

「あれは、コレットの様子が心配でアンリに事情を聞いて書いた。その、すまない」

「いいえ、とても励まされましたから。ありがとうございま――っ!」

 コレットがドレスの裾に足を取られてバランスを崩す。が、腰に回された手に力が入り、少しのあいだ、ふわりと宙に浮く。
 そのまま何事もなかったように、次のステップに足を踏み出し、ダンスは続いた。

「あの――」
「もうすぐ終わるから集中して踊りきってしまおう。少し疲れたのだろう?」

 フランシスの言う通りコレットの足には疲労がたまっていた。
 けれど、曲が終わりに近づくにつれ、もう少しだけ続いて欲しいと思ったのだった。
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